徹也の風景 出会い 014
希望の扉を開くには、希望のカギを探さなければならない。
でもね、そのカギはすべての人がこころの中でもっているんだよ。
ひとりぼっちになった徹也を、なんの血のつながりもないおばさんは家に招き入れた。彼女がどういう人生を送ってきたのか、徹也はなにも知らなかった。彼が知っているのは、あの日以降の慈愛に満ちた笑顔のおばさんだった。彼にはそれだけで充分だった。この人だけは、自分を捨てたりはしない。その安心感、ただそれだけで良かった。
おばさんの家にはたまに人がやってきた。たいてい、暗い顔をしてやってきて、明るい顔をして出てゆく。おばさんは、人づてでおばさんを頼って尋ねてくる人々を癒すことをしていた。話を聞き、相手のこころが穏やかになった頃に、祈りはじめる。神さまからの伝言をその人に伝えているのだとおばさんはいう。訪ねてきた人は、泣きながら感謝をしておばさんを拝みはじめ、その小さな手に封筒を手渡そうとする。そんな人たちを見て、おばさんは困った顔をしながらも優しい笑顔を崩さず、決してお金を受け取ることはなかった。徹也はお客さんにお茶やお菓子を出したりしながら、おばさんの手伝いをするようになっていた。
ある日、穏やかな家に台風がやってきた。それは夏休みも終わりかけのことだった。徹也はテレビを見ながら、プリンを食べていた。おばさんは洗濯物を取り込んでいた。ガラガラと玄関の引き戸が開いて、黒い服を着た男がふたり入ってきた。つつましやかな家の玄関にはまったく不似合いな、高級そうなスーツに身を包むその男は、無言のまま家に上がり込んできた。
「いつまでこんな生活を続けているんですか」
その男はおばさんに向かって、おかあさんと呼びかけた。
「何をしにきたんだい?」
「金ももらわずに祈りをして。自分はこんなところで、こんな生活をしているなんて」
「私が好きに生きているんだからいいだろう」
徹也はその男のことをよく知っていた。男は最近テレビでもてはやされている超能力者だった。念力でものを動かしたり、念写で光を映し出したり、スプーンを曲げたりして話題になっていた。
どういうことなの? この人が、おばさんの子供?。
テレビの中の人物が目の前に突然現れたことと、自分だけのものだと思っていたおばさんにこんなにも大きな子供がいたことの、ふたつの驚きで徹也はその場に固まっていた。
「また、こんな子供の世話をしているんですか」
その男は徹也の方をちらっと見ると、少しトゲのある口調でそういった。
「こんなっていう言い方はやめなさい。この子は、私の大事な子よ」
「実の子のいうことはちっとも聞かずに、またボランティアですか」
洗濯物を部屋の中に入れるとおばさんは、それを畳みながら話しを続けていた。お茶を入れようと立ち上がった徹也を手で制すると、徹也のズボンを畳み終え手を止めて、やさしいがきっぱりとした声で、男に言った。
「宗教団体をつくって、それに信仰することで、人は幸せになれるのかい? 人々は悟れるのかい? そんなにすばらしい宗教があるんならば、その宗教をおかあさんに教えてちょうだい」
「それがないから、これからおかあさんとつくりたいって思っているんだよ。母さんの能力をこんな小さなところで眠らせていていいと、ほんとうにそう思ってるの?」
「それが、なんになるというんだい」
「多くの人を救うことができるじゃないか。困っている人は山ほどいる。その人を助けて、お金をもらうことの何がいけないというんだ」
「神さまの言葉を本にしても、こころまでが伝わるわけではないわ。本当にこころの底から望み、こころの中からつかみ取った答えでなければ、その人のためにはならないわ。山崎くんもいい加減目を覚ましなさい」
おばさんは一緒にきている男に向かってそういった。
「私はね、ここに来る人ひとりひとりと接して、その人と対話をしているの。私は決して人を救ったり、導いたりしているわけではないのよ。人を救うことなんて、人にはできないことなんだよ。
範彦。お前があたえられている能力も、人のために使ってこそ役に立つのだよ」
「君?」
徹也の方をあらためて眺めると、おばさんの子供は一瞬不思議そうな顔をしていた。そして、笑顔になると、こう言った。
「君は、やがて私のために、世界のために尊い仕事をする人になります。うん、そうだ。
このことを忘れずに、心を清く生きなさい」
「範彦。あなたなにを」
おばさんの息子は、徹也にそう言うと去っていった。
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