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#70 気候変動とワイン生産

#農業と環境 #EU農業 #ベルギーワイン

北上するEUのワイン生産地

ヨーロッパワインと聞いて思い浮かぶのは、フランス(南部)、イタリア、スペインなど「地中海性気候」に属する国・地域ではないだろうか?

今回紹介する記事は、これまでワイン生産に適さなかったベルギーでワイン生産量が増加しているという内容のものだ。

記事によると、ベルギー国内のブドウ栽培地面積は、72 ha(2006年)から343 ha(2017年)に拡大したそうだ。また、将来的に中海性気候に属する地域が栽培に適さなくなる一方、欧州北部地域がブドウ栽培やワインの熟成に適するようになっていくだろうということも指摘されている。

二つ目の記事自体は有料会員限定だが、動画ではベルギー南部オルシン(Haulchin)のワイン生産者のインタビューを見ることができる。この生産者は15年ほど前からブドウ栽培を始め、現在の栽培面積29 haはベルギー最大だという。

北上の理由と対策への壁

生産地が北上する理由として(田上,2009)は、

①気候変動(気温上昇)

②耐冷性ブドウへの品種改良と栽培技術の発展

を指摘している。

また、英紙ガーディアンによると、産業革命以前の時代に比べて気温が2度上昇した場合、1970年代(温暖化の影響を受ける前)に比べてブドウ栽培が可能な地域の56%が失われるという。栽培を続ける手段として、品種の変更や栽培に適する土地での栽培が挙げられる。しかし、植え直しや接ぎ木にかかるコスト、ワインラベリングの複雑さ(原産地呼称など)、テロワールの考え方といった点で難しいそうだ。

そして記事の最後はこのようなコメントで締めくくられている。

「ワイン業界が克服すべき課題は、土着のブドウ品種がそれぞれのワインの特徴を形づくるために、特にワイン文化が根強い地域では、作り手が伝統的な品種を手放すのをためらっているということです。たとえば、ピノ・ノワールのないブルゴーニュ地方なんて想像できますか?」

確かに、ブドウの品種と土地の名前はセットである。ピエモンテといえばネッビオーロだし、アルザスといえばリースリングが思い浮かぶ。しかし、気候変動にあらがって特定の品種を栽培することは、投入するエネルギーや水の増加につながるかもしれない。環境に負荷をかけないという視点で考えれば、これからの土地に適合する品種の栽培の導入に積極的になるべきではないだろうか。

ここで原産地呼称制度という本来食の多様性や伝統を守るためのラベリング制度が障害になってくるというのは予想外だった。しかしフランス、ボルドーでは、気候変動に対応するため新たなブドウ品種7種のAOC規定への導入が承認された(2019/6/28)そうで、これは先進的な一歩だと思う。この背景として、ボルドーはフランス農水省による環境価値重視認定”HVE”(※)の取得者数が第一位であり、環境への取り組みにも積極的であることが挙げられるだろう。

ワインブドウ生産地の北上とその対策を考えることは、伝統とは何かを考えるきっかけになるだろう。特に環境重視の農業政策を展開するEUでは、これからは「伝統と環境のバランスのとり方」や、「伝統的な栽培方法と環境負荷の関係」といったテーマにに注目が集まるのではないだろうか。伝統的なワイン生産地であるボルドーがこのような動きを見せていることは注目に値するし、今後も動向を追っていきたい。

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※HVE:Haute Valeur Environnementale

HVEは農場全体をカバーする環境パフォーマンス指標( indicateurs de performance environnementale)に基づき、以下のことを証明している。

・農場の広範囲にわたって存在する生物多様性の要素(生垣、緩衝帯、木、花、昆虫など)

・農業慣行が環境(空気、気候、水、土壌、生物多様性、景観)に及ぼす影響が削減されている又は最小限に抑えられていること

参考文献、その他参考記事

田上善夫(2009)欧州北部へのブドウ栽培の展開と気候変動の影響, 富山大学人間発達科学部紀要 3(2), 89-103




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