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#88 鳥とブドウ畑景観の「美しさ」の関係_論文まとめ

#論文まとめ #EU農業

key words;鳥類の豊かさ、審美的価値、空石積み、生垣、遺産価値、シロビタイジョウビタキ、伝統的景観、ワインブドウ栽培

文化的景観の美しさを支えるもの

農業景観は自然と人が共に形成、維持してきた「生きた景観」である。ユネスコは、このような農林水産業に関す連する文化的景観を「有機的に進化する景観」と定義している。(以降、文化的景観=農業景観とする)しかしここ数十年、農地の集約化、耕作放棄によって文化的景観が失われてしまったり、質が低下している。特に欧州では、粗放的な農業が生物多様性保全、文化サービス(生態系サービスのうちの一つ)にとって非常に重要だと認識されている。特に欧州では、文化的景観の保全には農地の保全や前記したような粗放的農業が有効だと認識されている。では、このような農地管理や農法(Agricultural Practices)は、実際に「美しさ」にどの程度の影響を与えているのだろうか?「美しさ」は定量化することが難しい価値だが、それを「伝統的な景観かどうか」によって定量化し、生物多様性保全との関係を明らかにした論文がある。

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Beautiful agricultural landscapes promote cultural ecosystem services and biodiversity conservation(2018)

(イタリアの研究者らによる論文)*cultural ecosystem services =生態系サービス中の文化サービス(審美的価値、遺産価値)

イタリアのワインブドウ畑24か所(近年集約化が広まった場所)における、生物多様性と文化的景観の関係を明らかにすることで、生物多様性保全と生態系サービスの提供を組み合わせた魅力的な戦略を定義することを目的とした研究論文である。

収録しているのはAgriculture, Ecosystems & Environmentという学術雑誌で、農業生態系と自然環境の間のインターフェース、特に農業が環境にどのように影響し、その環境の変化が農業生態系にどのように影響するかを扱った科学記事を公開している。

この研究から得られたことは以下の4点にまとめられる。

【Highlights】
・レッドスタートの密度が高い文化的景観は、審美的な質が高くなる
・景観の「伝統的な」特性を維持することで、鳥の豊かさと美的価値が高まる
・鳥の保護と生態系サービスの提供の相乗効果が可能である
・統合された戦略は、農業景観にとってもメリットのあるソリューションにつながる可能性がある

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ここから先はもう少し詳しく紹介する。

◆対象地

Trentinoの以下地域から24か所のサイトを選定した
・低地エリア:標高200–300m、大部分が集約的ブドウ栽培地。
・山腹、山間エリア:標高900mまで、空石積みの段畑のブドウ栽培地。

◆調査項目・方法

⑴文化的景観の美しさ
審美的価値と文化遺産価値(ミレニアム生態系評価(2005)で特定された文化サービス)について、対象地の写真をTrentino出身者に見てもらい、その景観が「伝統的かどうか(地域の文化遺産の一部として認識されているか)」で10段階評価することで定量化した。
「伝統的かどうか」という視点で評価してもらった理由は以下2点
①「美しさ」を定量化することが困難であること
②審美的価値と「伝統的かどうか」の間には強い相関がある

⑵生物多様性の豊かさ
フラグシップ種(※1)としてcommon redstart(以後redstart、和名:シロビタイジョウビタキ)を用いて調査が行われた。redstartはヨーロッパに広く生息する食虫性渡り鳥で、繁殖期になると半開放的(植生がまばら)な場所や営巣に適する空洞が多くある都市部で見ることができる(その範囲は0.14~1ha)。
調査対象地のブドウ畑でよく見られるredstartは、生息地の特徴によって密度が常なる。また、環境の変化にとても敏感であることから、ブドウ畑での生物多様性に寄与する農業の促進のための「非伝統的指標/フラグシップ種」として提案されている。

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調査は以下の手順で行われた。

①redstartの生息エリアの特定
各サイトの現地調査でredstartの個体行動を記録した。また、その他の種も含めた鳥類の豊かさを評価した。

②①で得られた生息エリア内での土地利用・地形変数(Land-cover/topographic variables)の特定
土地利用・地形を航空写真と現地調査によって把握し、エリア内の8生息地カテゴリの総体的カバー率を計算することで、「H'Shannon多様性指数」を得た。またデジタル標高モデルを用いて、平均勾配と直射日光量を測定した。

③ブドウ畑の管理変数(Mnagement variables)の特定/以下4項目について計測した
ⅰ ブドウの仕立て方が「垣根仕立て」か「棚仕立て(Trentinoの伝統的な栽培法で8割を占める)」(※2)かどうか。
ⅱ ブドウ畑とリンゴ畑のうち、地表が草でおおわれているか、または機械
 的・化学的(農薬で)に除草されているかどうか。
ⅲ 集約的か粗放的農業かどうか
ⅳ redstartが営巣可能な構造をもつ場所
 -隔離された農村の建物の数
 -空石積みと練石積み擁壁のそれぞれの長さ
⑶統計分析
⑴、⑵より以下の項目について統計的な分析を行った。
鳥類の豊富さ、文化的景観、redstartの密度の関係
生息エリアスケールでのredstartの生息地選択

◆結果

⑴文化的景観の美しさ
・鳥類の繁殖種の豊富さとredstartの密度は明確に関連していた
・サイトの美的価値とredstartの密度に正の関連が認められた

⑵生物多様性の豊かさ
・土地利用・地形変数、ブドウ畑の管理変数より、redstartの発生と繁殖に関わる変数が特定された。

◆考察と結論

⑴redstartの生息エリアの選択と文化的景観について
粗放的な農業慣行と伝統的な景観(空石積み擁壁、生垣、植栽方法、周辺生息地、モザイク的な土地利用)は生息地選択に重要な役割を担っていた。しかし、集約化された斜面地ではこの傾向は見られなかった。さらに、近代化された集約農業は伝統的景観に影響を及ぼしている。

例えば、伝統的景観を構成する「空石積み擁壁」は、空石積みが生態的コリドーとして機能する可能性が示唆されている(Dover et al., 2000; Collier, 2012)。しかし、伝統的な練石積みからは、空石積みようなポジティブな効果は得られないという。

⑵なぜ文化的景観の美しさは鳥によって促進されるのか
空石積み擁壁、生垣、木の植栽方法、周辺生息地、モザイク的な土地利用は、redstartの発生に優位に働き、同時にこの景観を「文化的景観」であるとみなす伝統的な特徴であると認識されている。

redstartの密度とその他の鳥類の豊富さと関係しているという結果が意味するのは、redstartが鳥の多様性を測る優れた指標であり、この地域での生物多様性に配慮したブドウ栽培を促進するのに役立つ「非伝統的指標/フラグシップ種」として評価することができるということだ。

⑶文化的景観(農業景観)における生態系サービスの提供と生物多様性保全の統合に向けて
美しさを維持するために文化的景観を管理することは、主に「伝統的な特性」の保護と強化を意味し、フラグシップ種、そしておそらくより広い鳥類の多様性を支持すると結論づけられた。

本研究では、生物多様性と生態系サービスのうちの文化サービスの2つ(審美的価値と文化遺産価値)について明示的に定量化し、指標・フラグシップ種によって文化的景観と結び付けた。その結果は、生物多様性保全と文化サービス(審美的価値と文化遺産価値)の提供という複数の目標の相乗的統合の潜在的な重要性を例示している。

貴重な遺産と生物多様性の保全のためには、「複数の保全方法を統合することををどのように実証するか」について慎重に検討する必要がある。

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所感

個人的な感想と意見をまとめます。

①論文の著者はやはりイタリア人か…
イタリアでは農村景観に関して積極的に研究されているので、やっぱりなという印象だった。

②測るのが難しいとされている「美しさ」を「伝統的かどうか」で測ったことが印象的だった。

この方法がとれるのは、その地域の伝統的景観に対する共通認識があるからだと思う。日本で同じ方法をそのまま使えるかは不明。

②論文中で「石積みの生物多様性への重要性に関してほとんど研究されていない」とあり、欧州では盛んに行われているイメージだったので意外だった。

③農村景観を守るには、今回の論文のような具体的な研究が必要だと思った。

景観構造を把握するだけじゃなくてもう一歩進みたい。例えば、伝統的農産物の生産等、他の要素(今回は生物多様性)との関連も明らかにすることが必要ではないか。

④日本語論文を読んでいるだけでは、研究分野を俯瞰することはかなり難しい。

農村景観や地域計画といった具体的な土地を扱う分野では、日本語論文を参考にすることが多い。それはそれでよいのだけど、対象地をかえて同じ研究をずっとやっていることにもなりかねないなと思う…

事実として、農村振興に関しては欧州諸国から学ぶことは多いのだから、それらの国々の情報をキャッチアップすべきだろう。そのうえで、日本の地域に焦点を当てて研究してみたい。

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さて、今回紹介した「鳥の豊かさと文化的景観の美しさ」を明らかにした論文、伝わったでしょうか?著作権の問題もありそうなので、要点をざっとまとめるにとどまりましたが、内容が伝わっているのか不安です…。

というのも、今回まとめるにあたって私自身、4,5回読み直してやっと理解できたからです(解釈まちがえているかも)。わからない単語だらけでだったので、関連単語を記事の最後にまとめています。

注釈

※1 'non-traditional' flagship species:非伝統的フラグシップ種
【フラグシップ種についての補足】
フラグシップ種とは、保全生態学の分野で使われる用語で、保全の目的を達成するためにその他の種や環境要素を代表するために使われる。今回の論文で登場した「redstart」は「生物システムにおける環境変動の影響を記録することに役立つ種」であるが、もともと広く用いられる種ではなく実験的に導入されたため、「非伝統的フラグシップ種」とされている。

大元鈴子(2016):フラグシップ種を活用したローカル認証の役割 - コウノトリ育む農法とサーモン・セーフ認証−:人と自然 Humans and Nature 27: 109−115

※2 垣根仕立てと棚仕立て
垣根仕立ては欧州でよく見られる栽培方法。棚仕立ては日本のブドウ狩りでよく見るパーゴラ状の栽培方法。例えば日本のワイン用葡萄「甲州」は伝統的に棚仕立てで栽培されてきたそうだ。↓
垣根仕立栽培による'甲州'ブドウおよびワインの品質特性

参考文献

1.Giacomo Assandri, Giuseppe Boglianib, Paolo Pedrinia, Mattia Brambilla: Beautiful agricultural landscapes promote cultural ecosystem services and biodiversity conservation: Agriculture, Ecosystems & Environment Volume 256, 15 March 2018, Pages 200–210
2. Dover, J., Sparks, T., Clarke, S., Gobbett, K., Glossop, S., 2000. Linear features and but- terflies: the importance of green lanes. Agric. Ecosyst. Environ. 80, 227 – 242.
3. Collier, M.J., 2012. Field boundary stone walls as exemplars of novel ecosystems. Landsc. Res. 6397, 1 – 10.

関連単語

abunddance:豊かさ、豊富

aesthetic value:審美的価値

avian:鳥類

common redstart:シロビタイジョウビタキ、学名Phoenicurus phoenicurus

cultural landscape:文化的景観

dry-stone wall:空石積み擁壁

espalier:垣根仕立

insectivorous bird:食虫性の鳥

migrant:渡り鳥、移動する動物

pergola:棚仕立て

tangible/intangible heritage:有形/無形遺産

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