眠らない少年
高校生のとき。
電車通勤だった私は、平日は毎日、同じ時間に、同じ場所から電車に乗っていた。
そうすると、毎日、私と同じ時間に同じ場所から電車に乗る人と顔見知りになる。
私とは、違う高校に通う高校生、スーツを来たサラリーマン、幼稚園に通う子を連れた仕事着の女性。
話したことはないのだけれど、不思議な仲間意識がある。
毎日、顔を合わせるからなのか、、、
ただ、仲間意識があるからと言って、何か話しかけたりすることはない。
話しかけたい理由もあまりない。
でも、その顔見知りの中で、唯一、話かけてきた人がいた。
「ねえ、ねえ、お姉ちゃん、昨日、寝た?」
その子は、おそらく小学校低学年ぐらいの少年で、羊のキャラクターがプリントされたTシャツを着ていた。
眠っているかを子供に心配されるほどに、自分の顔が疲れているのかと思い、
「大丈夫!!ちゃんと寝てるよ!!ありがとう!」
と心配をかけないように返事した。
すると、少年は、なんだか悲しそうな表情を浮かべて、
「そうなんだ。僕はね、寝たことないんだ」
と言った。
そんなわけないでしょ!とは言いづらい表情をしていたので、返事に困っていると少年はこう続けた。
「寝たことはないんだけど、目を閉じる活動はしているんだ!毎日8時間ぐらい!!」
少年の表情は急に明るくなった。
まるで、一休さんのトンチみたいだし、くまのプーさんの「何もしないをしているんだよ」という名言に近いものを感じた。
頭の中では、前日に見た、世にも奇妙な物語のテーマが流れ始めていた。
その翌日から、毎日のように少年は、私に眠ったかどうかを聞いてきた。
テスト前日に徹夜で勉強して寝不足なときも、
彼氏に振られて泣きすぎて目がボクサーの試合後みたいに腫れていた日も、
部活で、大会に優勝できてルンルンだった日も、
同じテンションで毎日同じとこを聞いてくる。
そのたびに、自分が昨日どれだけ目を閉じたかを報告してくれた。
本当に不思議な子だった。
少年は、羊のキャラクターがプリントされたTシャツの色違いを5枚ほど持っており、毎日色違い。
それが、曜日毎に色が決まっていたことに気づいたのは、2ヶ月ほど経ってからだった。
羊のキャラクターがプリントされた半袖のTシャツを、決まったローテーションで着ていた男の子が、秋になり、同じ羊のキャラクターがプリントがされたロンTを着てきたときは、一日ニヤケが止まらなかった。
なぜ、そのTシャツをこだわって着ているのかは、とても気になったが、あえて聞かなかった。
そんな、自称眠らない少年と仲良くなって半年ぐらいたったとき、私は、学校のカリキュラムの関係で、別の時間の電車に乗らなくてはならなくなった。
少年とは、それっきり会うことはなくなった。
なんだか寂しかった。
ただの、朝の5分の会話。
それが無くなることが、こんなにも寂しい気持ちにさせるのか。
私は、それから、家族と毎朝、積極的に会話をすることを心がけた。
私は、高校を卒業し、大学進学のため、地元を離れた。
大学が春休みになり、久々に地元に帰り、のんびり過ごしていたある日。
出かける予定があったので、いつも使っていた最寄りの駅のホームで、電車を待っていた。
すると、少年が3人ほど、こっちに向かってきた。どうやら、今からどこかに遊びにいくのだろう。
その少年たちの中に、自称眠らない少年がいた。
久々の再会に心が踊った。
おっきくなっていたし顔も少し凛々しくなっていたけど、私は絶対あの少年だ!って確信があった。
私は、その少年に、
「久しぶり! 相変わらず寝てないの??」
と話しかけた。
すると少年は、驚きの表情とともに
「えっ。寝てますけど。」
と冷めたように言った。
「寝たことないって言ってたじゃん!一日8時間、目を閉じてるだけだって!」
と私が言うと、自称眠らない少年と一緒にいた少年が
「なにそれ!そんなこと言ってたのw?」
みたいな感じでからかい始め、自称眠らない少年は、
「はっ!?言ったことねえし!!」
と顔を真赤にしていた。
あの可愛かった少年は、どうやら思春期を迎えていた。
気づけば、毎日着てた羊のキャラクターがプリントされたTシャツが、ラルフローレンのシャツに変わっていた。
私は、すこし切なくなったが、これ以上、少年の黒歴史を掘り返すのも良くないと思ったので、それ以上話しかけることはなかった。
少年たちは、どうやら私と違う電車に乗るようで、私よりも先に電車に乗り込んだ。
眠らない少年のままでいて欲しかったなぁ、なんて思いながら少年たちが電車に乗り込むのを眺めていた。
せっかくの再会であったが、なんだか寂しい気持ちになった。
そんな私の目に、あるものが飛び込んできた。
羊のストラップ。
自称眠らなかった少年のかばんには、羊のストラップがぶら下がっていた。
別人のように成長した少年の中にも変わらないものがあった。
私は、ホッとした気持ちで少年たちを乗せた電車を見送った。