優しく見守り、理解し、押し出す。そのために自分と戦う
大事なことも簡単に忘れちゃうから、書き留めといて時々見返したほうがいい。
宗教ってもともと、繰り返し読む、って意味の言葉に由来してるのよな。ラテン語かなんかだった気がするが。
本当、そうだよなと。
それを踏まえて、俺はどうあるべきか。
俺は、優しく見守る存在でいたい。
その上で、俺自身と激しく戦えばいい。
見守るためには、実はいろんなものが必要だし、それは、強者が弱者を保護する、という意味でいろんなものが必要、と同義。
金にしても、時間にしても、強者が弱者に与えるためには、そもそも持ってなきゃ与えられない。
その意味で、人に与えるために、俺はこれからいろんなものを獲得していく必要があるし、そのために俺は、俺自身と激しく戦っていかなきゃいけないと思う。
その上で。
優しく見守り、理解し、押し出す、このあたりが俺のやりたいことだし、それを忘れてんじゃねえよ、俺。
ってのが、今書いてることの趣旨。
まあ忘れるから、時々見返してな。
実名でやってるのは、人に表立って言えないことを発信するなよ、ってことだし、だから別に、誰に見られたところで困りはしないんだけど。
でも、いざ読んだよって言われると、ちょっと、うお、ってなる。
まあいいんだけどね。
ありがたいこと、と言っていいのか。まあでも、関心を持ってもらえるってのはありがたいこと、なのかな。
読む人に利益があるから読むわけで、その意味では、誰かに何か利を提供できてるってことは良いことか。