春花咲良

春花咲良

最近の記事

ショートショート7 「君を助けたい」

ズボンのポケットに入ったスマートフォンが左の太ももに振動を与える。 その振動が体の中から脳に届き、頭を揺らす。 スマートフォンの画面は“親友”の屈託のない笑顔と名前を映し出していた。 遊びの誘いだろうか。 あいにく今の僕は少し忙しい。 大学の卒業論文の提出が来週に迫っている。 作業の邪魔をされたことに対する僅かな抵抗として、緩慢な動作で電話に出る。 「もしもっ」 「礼、今どこ、すぐ来て、たのむ」 僕の声を遮るように、彼が話し出す。 急に電話を掛けてきてこの態度はいかがなものか

    • ショートショート6 「罪の値段」

      夜の雨が肌を濡らす。 大学を辞め、マンションも追われた僕が行くことができるところはもうどこにもない。 繁華街をゴミ箱に視線を集中させ歩くが食べることができそうな物は何一つ見つからない。 ここ数日は何も口に入れていない。 誰かに直接追われているわけではないが、見えない誰かに追いかけられているような感覚がここ1カ月ずっと続いている。 つい先月まで住んでいたマンションがやけに遠く感じる。 先月、父は自分の誕生日の日に死んだ。 1963年11月23日生まれの父はまだ57歳だった。

      • ショートショート5 「待ってでも」

        寒い。体の芯から冷えていく。 時計の針は22時を回っている。 11月末にもなるともう夜は寒さが厳しくなる。 「ねー、これいつまで待つつもりなの?全然現れないじゃん」 寒さに耐えかねた僕は、隣に座る彼女に文句を漏らす。 もうここでターゲットを待ち始めて3時間。 既に周りからは殆ど人の気配が感じられなくなっていた。 まだターゲットは現れる様子はない。 「うるさいなあ。しょうがないだろ。じゃあ、もう少し待っても来なかったら帰ろう」 ここでターゲットを待つと言い出した彼女もここま

        • ショートショート4 「探さない探しもの」

          子供の頃の僕は“ある物”を毎日3つ探していた。 普段何気なく目にしている“ある物”は子供たちにとってはレアアイテムだ。 その“ある物”は、3つ見つけると願い事が叶うと子供の間では信じられている。 願い事と言っても子供が考える願い事。可愛いものだ。 魔法のランプを擦って、 「私を世界で最も力のある人間にしろ。」 とか、 世界中に散らばった石を7個集めて、 「死んだあいつを甦らせてくれぇぇぇ。」 なんてたいそうな願い事ではない。 「好きなアーティストのライブに行けます

        ショートショート7 「君を助けたい」

          ショートショート3 「失敗作な自分」

          どんな世界で何においても10割の確率で成功するなんてよっぽど有り得ない。 プロ野球のあの天才バッターでも打率は3割そこそこ。 世界的に有名なサッカー選手でもPKを外すことは稀にある。 超有名企業によって作られた電化製品にも不備はあるし、有名なシェフが経営するレストランの料理だって常に美味しいかと言われるとそうではない。 医療だって毎回望み通りの結果が得られるわけではない。 ※ ここでは1人の天才によって、ある製品が作られている。 彼は24時間365日いつ片時も休むことなく

          ショートショート3 「失敗作な自分」

          ショートショート2 「望んでいる、待ちぼうけ」

          「よし、今日も“彼女”は来なかった。」 そう呟いて、今日の仕事を終了する。 “彼女”と言っても現在、恋仲の関係にあるという訳ではない。 過去に恋仲であった瞬間は・・・。 何はともあれ、ここで言う彼女はただの代名詞の“彼女”だ。 英語で言うと三人称単数の“She”でしかない。 She is Not My Girl Friend Now.だ。 “彼女”は中学時代の同級生の1人だ。 特別深く関わっていたという訳ではないが、全く接点がなかった訳でもない。 会えば話すかな?程度。

          ショートショート2 「望んでいる、待ちぼうけ」

          ショートショート1 「君はいない、もう」

          「昨日凄いことがあったんだよ!!」 大学に向かう途中の電車の中。 彼は少年のような光の宿っている眼をして話を始める。 彼は高校からの親友で、2年になってから大学まで電車で一緒に通うようになった。 普段は暗い性格の彼が、こんなに光の宿っている眼をしているのを見るのは初めてな気がする。 暗い者同士だからこそこれまで仲良くできたのに、彼が陽キャになったらこれまでみたいに仲良くすることは出来なくなってしまう。 ぼくは少し興味のないふりをして相槌を打つ。 「それがさ、寝ようと思ったら

          ショートショート1 「君はいない、もう」