アジサイの心
「食堂でカフェラテ飲んでます。今なら一人だから、何でも好きなことし放題だよ笑」
私の送ったLINEに、少しして既読がついた。
「誘い方笑。なら、私も少し休憩しに行こうかな。」
そんな返事を受信した数分後、廊下から先輩の足音が聞こえた。
この時間、食堂に他の社員は特別な何かが無い限り絶対に来ない。私は、コーヒーのボトルを片手に現れた先輩に、迷わず近寄ってハグをした。
私の誘いに乗って、こんな就業時間中に休憩しにくるなんて、もう落ちたも同然だ。好かれている自覚があるからこそ、これだけ大胆になれた。Yシャツ越しに伝わる、先輩の温もりが心地よかった。
「はいはい。ハグね。」
口ではなんてこと無いように受け流す言葉を発しながらも、私の体を抱きしめ返したそうに左手が逡巡する気配を感じて嬉しくなった。
「あ、誘われちゃった人が来た笑」
私が笑いながら言うと、
「言い方が悪いよ。」
と言いながらも、先輩は少し嬉しそうだった。
「私と何しに来たんですかー?いけないこと?」
とふっかけると、
「普通にコーヒーを飲みながらおしゃべりしに来ただけですー。」
と先輩は笑って、私が座っていた席の隣に座った。
「なーんだ、まぁ別にいいですけど。」
私は笑ってそう言うと、ごくりと一口カフェラテを飲んだ。
先輩はおしゃべりしに来たと言う割に、自分から何は特に何の話題も思いついていないようだった。ブラックコーヒーのボトルを弄りながら、食堂の看板を眺めている先輩に、
「先輩はやっぱりブラックなんですね。私どうしても苦いの無理で、未だにカフェラテ止まりです。」
と言うと、
「私も最初は無理だったんだけど、徐々に飲めるようになっていったから、杉野さんも多分練習すれば飲めるようになるよ。」
と微笑んだので、
「じゃあそれ一口くださいよ」
と言ってみた。強く断られるなら、「冗談ですよー」と明るく引こうと思っていたけれど、
「え、俺の飲みかけだけど?」
と、悪くない反応だったので、
「飲みかけが、良いんですけど?」
と言うと、先輩は
「え、ほんとに言ってる?」
と笑って聞いた。
「嫌ならいらないですー。」
ここで、敢えて突き放すように言うと、
「いや、別に嫌ってわけじゃないんだけどさ…」
と照れるように言ったので、私はすかさず先輩の手からボトルを奪い取り、蓋を開けて一口いただいた。
「うわー、苦いー。よく、こんなの飲めますね。カフェラテからの道のりは遠そうだな。」
私が顔をしかめて言うと、
「まぁ、やっぱり最初は苦いよね。」
と、先輩が笑った。
「お礼と言っては何ですが、先輩も私のカフェラテ一口いかがですか?」
私が聞くと、先輩は意外と抵抗なく一口飲んで、
「たしかに、ブラックとは結構味違うね。」
と笑った。先輩が返してきたカフェラテを受け取りながら、
「というか、間接キス、しちゃいましたね、どうでした?」
と顔を近づけて聞くと、先輩は一度噎せて、
「突然そういうこと聞かないの、びっくりした。」
と焦ったように言った。私はその反応を見て笑うと、
「もしかして、間接じゃ満足できなかったやつですか?リアルちゅーします?」
と、からかうように聞いた。
「もう、先輩をからかわないの。杉野さん彼氏いるんでしょ?これでも一線を引こうと努力してるんだから。」
と、小さい子に諭すように言った。
「ふぅん、努力してるんだ。相手がいる子は嫌いですか?」
私が先輩を敢えて上目遣いで見上げて聞くと、
「嫌いっていうか、だめでしょ、普通に。」
と言うので、
「欲しいなら奪っちゃえばいいのに。先輩そういう時、押さないで引きがちだからなー。それとも、私に奪うだけの価値は感じてませんか?」
と聞いた。
「そういうわけじゃないけどさ…、うーん、何ていうか、杉野さん自身はそういうの望んでないかもしれないし…とか、気になっちゃうんだよな、やっぱり。」
先輩はとても丁寧に一言ずつ考えながら話しているように感じたので、本当に真面目なんだなぁと思った。
「ふふふ、先輩は本当に優しいなぁ。大好き。」
私がそう言って笑うと、
「そんなこと言って、ほら、困るでしょ?分かったらいい加減…」
と言ったので、先輩の言葉を遮って、
「私が言ったことの後半は無視ですかー?」
と茶化すように聞いた。先輩は照れたような顔をして、
「そこ突っ込む?」
と笑った。
「勇気出して言ったのになー。」
私が笑いながら言うと、
「えっと…俺も好きだよ?でもセーブはしているつもり。」
と先輩は言った。私は初めて先輩から好きという言葉が聞けたことに歓喜しながら、
「セーブしなくていいですよ。もっと好きになってください?」
と、挑発的に言った。すると珍しく、先輩から私に近寄り、私の顎をくいっと上げて、自分の唇を私の唇に近づけた。まるでキスを寸止めしているみたいだ。
「そんなことばっかり言ってると、本当にしちゃうよ?」
私は一瞬面食らったけれど、先輩から迫ってくれる初めての状況に嬉しくなって、寸止めされているその唇に自分の唇を重ねてから、
「まだまだですね。先輩?」
と、挑発するように笑った。
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