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ゴシックロリータコンプレックス

 私を取り巻くモノはみんな敵だ。

 私は敵から身を守るためにゴシックロリータという鎧を身に着ける。

 レースとフリルから成る黒い波は何重にも私を覆う。ゴシックロリータを身に着ける時、私の背筋はすっと伸び、いつもの何倍も、何十倍も強くなったような気持になる。黒く美しいドレスを纏った瞬間、私は貴婦人にだって、魔女にだって、お姫様にだってなれる。


 街行く人々は私が歩く姿を物珍しそうに目で追い、家族は私をカラスのようだと蔑むように言った。でも私には濡羽色のカラスがかっこよく思えた。聡明で美しく、強く、孤高の気高さを持つ鳥だと思った。だから私もそんな鳥のようにあろうと思った。


 私がまだ少女だった頃、世界はもっと寛容で、笑顔と柔らかな声で満ち溢れていた。まだロリータという言葉さえ知らない少女だった私は、レースのたくさんついた黒いワンピースがお気に入りだった。可愛い、お人形さんのよう、そんな褒め言葉を言われなくなったのはいつの頃からだっただろう?気が付いた時には既に世界は悪意に満ちていた。私が好きな物は少しだけ他の人たちと違っていて、この世界の中で他の人と違うことは攻撃される対象だった。不器用な私は、自分の気持ちに嘘をついて他の人と馴れ合うことなんてできなかった。だから好きな物を好きでい続けるために、私は鎧をまとって強くなるしかなかった。


 家に戻ると、母がいらだちを隠しきれない様子で言った。

「あい、またそんなばかみたいな格好で遊びに行っていたのね。恥ずかしいからやめてって何度も言っているのに。」

「何度も言うけれど、この格好をしていても私はちっとも恥ずかしくない。」

私が言い返すと、母はこれ見よがしに大きなため息をついた。母はいつも世間体ばかり気にしている。

「・・・だからあなたには友達らしい友達がいないのよ。」

母は私から視線をそらして呆れたように呟いた。私は何も言わず、友達になんか興味がないふりをして自分の部屋に戻った。私はドアに内側から鍵をかけると、ベッドの上のウサギのぬいぐるみを抱きしめて、床に座り込んだ。

「ねぇマリア、あなたは私のお友達だよね。」

顔を覗き込んで語りかけても、ウサギのマリアは応えない。

「こんなにお洋服で武装しているのに、お母さんの言葉は、まだ痛い・・・。」

私はマリアを抱えたまま、静かに泣いた。

私はあい。愛、藍、哀、I、EYE。。。

 一説によると、カラスは体が黒くて目がどこにあるか分からないから、漢字で烏と書くそうだ。私がカラスのようだと言うのなら、私の瞳も、涙も、漆黒に埋もれて誰にも気が付かれないのかもしれない。それは悲しいようで、幸福なことだとも思う。その方がきっと強くいられる。ゴシックロリータは、孤高に凛と真っ直ぐ立っていなければいけないのだ。


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