見出し画像

猫(取扱注意)

 そういえば、「猫」というものについてまだ説明していませんでしたね。

 実のところあれをなぜ「猫」などと言うようになったのかは、もう誰にもわかりません。昔からそう言われていましたから、その呼称が生まれた当時の職員は誰も残っていませんしね。まあ、色々な形状がありますから、猫みたいなやつがいたのでしょう。

 あれは平たくいえばバグに塗れた魂です。傷ついた、でも構いませんが。人によっては癌化している、などとも言いますね。イメージは伝わりますか?それは良かった。続けます。

 人の魂は経年劣化で少しずつ傷つき擦り減っていきます。寿命がだいたい四、五百年と言われているのですが、傷のつき方によってはその寿命が来る前に異常をきたすのです。イマジネーションの暴走、と言うのがわかりやすいでしょうか。これは相当に強力なもので、肉体にまで影響を及ぼします。物理法則を無視したような奇形の発生ですとか、そういったものです。昔話の「鬼」なんかも、この例でしょうね。

 「猫」になってしまうと酷い場合は完全に知性を失ってしまいます。凶暴な性質を帯びることもありますし、ほとんどの場合食人あるいは吸血衝動が激しくあらわれます。恐らくは本能的に魂の欠損の修復を試みているのでしょうが、もちろんそんなことで魂は修復されません。ですから、「猫」と化した存在は脅威以外の何物でもありません。

 我々の仕事は、発生した「猫」たちをあちらに戻してしまわないように循環ルートから隔離することです。「猫」は不可逆的な異常、病変なのですが、困ったことに生命エネルギーと言いますか、生存本能の針が振り切れています。肉体があるとそれこそ癌細胞のようにいつまでも損傷箇所を修復し続けますので、疑似的な不死を得ます。ですから「猫」に肉体を与えてしまうとあちらで大災害となりかねません。寿命が来るまでこちらで幽閉しておかねばならないのです。

 で、もうお分かりでしょうが、この「路地裏」と呼ばれる場所がその幽閉場所です。小さな区画がいくつもありまして、それぞれは自由な行き来ができないようになっています。担当は基本的に一人一区画、人手が足りない時は二人で三区画とか、そんなところですね。

 さて、これから貴方の担当区画をご案内するわけですが、もちろんここにも「猫」が住んでいます。若干警戒心の強い方ですので、あまり怖がらせないようにしてください。敵だと認識されると厄介ですので。彼に居丈高に接した前任者は担当初日に死にました。仲良くなれればいいのですが、急に理性を飛ばすケースもありますし、本当に気をつけてくださいね。
 では、参りましょうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?