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最高の1日

朝、自然と目が覚め、枕元にある目覚まし時計を確認すると、時刻は6時半。カーテンの隙間から朝日が少し、差し込んでいる。鳥のさえずりが聞こえてくる。

肌触りのいい心地の良いふとんにくるまり、再び目を閉じる。至福の二度寝タイム。

再び目を覚ますと、時計は6時40分を示している。
うーーん、と伸びをして、ふとんにくるまったまま、しばらくベッドの上をゴロゴロして、身体を起こす。

ベッドを整えてから、寝室のカーテンを開けて、朝日を浴びる。
今日は最高にいいお天気だ。
窓を開けると、朝特有の少し湿った、涼しい風が入ってくる。

もう一度伸びをして、身体全体を軽くストレッチする。身体が伸びるのがわかり、気持ちがいい。

リビングに行って、リビングのカーテンと窓も全開にする。なんて清々しい朝だろう。
コップいっぱいの水を飲んだら、次はベランダで育てているハーブたちにも水やりをする。
ズボラで面倒くさがりな私でも育てられるようなハーブたちで、ときどき水やりをするだけで勝手に育ってくれるのがありがたい。
3階建の建物の3階は、日当たりもよく、植物を育てる十分なスペースがある。

天気がいいので洗濯をしようと思い立ち、洗濯機を回す。
顔を洗って、日焼け止めを塗るだけの簡単な身支度をしたら、着替えて外に出る。
徐々に日は登ってきているけれど、外を出歩くのにちょうど良い気候だ。

綺麗に舗装された住宅街の道路をしばらく行くと、並木道に入る。季節によって見せる顔の違うこの並木道は、毎日歩いても飽きることがない。
今は初夏だから、まだ若い葉がいきいきと輝いている。

そうして20分くらい歩くと、私一番のお気に入りの蚤の市につく。
毎週土曜日の朝7時から開いているこの蚤の市は、有機農園から直接届けられた新鮮な野菜や果物、手作りの伝統料理のお惣菜やスイーツ、地元の人が作った工芸品や中古のものなどが販売されている。

行くたびに新たな出会いと発見があって、この空間にいるだけでもワクワクするこの蚤の市は、私にとって週に一度のお楽しみだ。

雑貨や工芸品、中古品などが売っているエリアを一通り見て回っていると、
なんとも言えない可愛らしい顔をした、陶器でできたねこの歯ブラシ立てと目があって、思わず購入。
今の家に歯ブラシ立てはなかったので、いい買い物をしたと思い、この出会いに嬉しくなって思わずにやけてしまう。

お待ちかねの食材エリアで行きつけのお店に行くと、愛想のいい店主が、
今の時期にしかとれない、この地域固有の農産物があるよ〜と教えてくれる。
見てみると、確かに今まで見たことのない野菜が。
どんな味がするの?どうやって料理するの?と聞いていると、今度よかったらうちにおいで!一緒に料理しましょう、と誘ってくれる。

喜んでその約束を取り付けた私は、それでも自分なりにこの野菜を一度料理してみたいと思い、少し購入することに。
あとは、今が旬の果物やら美味しそうなお惣菜やらを買って、帰路につく。

家に帰ると、さっき購入したばかりのねこの歯ブラシ立てを洗面台に置く。かわいくて、みるたびににやけてしまいそうだ。

時計をみると、8時半になっていた。お腹もいい具合に減っている。
蚤の市で買ったばかりの、朝採れの新鮮な果物を洗い、皮を剥く。
朝の紅茶も用意して、お気に入りのパン屋さんで買ったパンを焼いて、お供には目玉焼きも。最高でシンプルな朝ごはんの完成。

開け放した窓から入ってくる爽やかな空気を楽しみながら、のんびりと朝食を味わう。
朝採れの果物がみずみずしく、果物本来の味を存分に発揮していて、最高に美味しい。幸せの味に、自然と顔がほころんでしまう。

朝食を終えると、食器をささっと片付け、洗濯物を干していく。この地域ではなんの警戒心も必要なく、すべての洗濯物を太陽の元で乾燥させることができるから最高なのだ。
ふわっと香ってくる清潔な洗濯物の香りを楽しみながら、洗濯物を干すこの時間が好きだ。


今日の午後は、こちらでできた友人2人と近場の公園でピクニックをする約束をしている。
私たち3人は食への好奇心が強く、美味しいものが大好きだけれど、健康がなにより一番大切、という共通点のもと仲良くなり、定期的に集まってご飯を食べる仲になった。

今回も食べて健康になれるをテーマに、お互いに軽食を持ち寄ることになっている。

何を作ろうか、と考えている時間も楽しい。
結局今日は自宅のベランダで育てたハーブを乾燥させたものを使った、セイボリー系のミニマフィンを作ることにした。

小麦ではなく米粉を使い、砂糖は使わない。油もできるだけ使わない、身体に優しいマフィンだ。
喜んでくれるであろう相手の顔を想像しながらのお菓子作りは、自分のためだけに作るより、ずっと楽しい。

あとはオーブンに入れて焼けるのを待つだけ、というところまで来たら、今朝買ってきた新鮮な食材を使い、作り置きを作っていく。

今まで見たことのない、この地域固有のこの野菜をどう自分流に料理しようか、と考えるこの時間もまた、楽しいものだ。

家にストックしている食材との組み合わせを考えながら、3品くらいを作り終えると、もうお昼の時間。

朝から忙しなく動いていたからか、お腹も空いている。作り置き用に作ったうちの2品を、出来立てでお昼ご飯として楽しむことにする。
自分流に調理した”未知の野菜”が、ちゃんと美味しく1品として完成していて、嬉しい気持ちになる。自分の心の中のレシピにひっそりと追加し、保存しておくことにした。
ミニマフィンもできたので、オーブンから出して冷ましておく。

お腹がそこそこ満たされた後は、ソファに移動して読書。最近読み始めた面白い本があるのだ。
それでもこうして本を読み進めているうちに、段々と睡魔が襲ってくるので、少しだけ昼寝をすることにした。

休日のこの時間にするお昼寝ほど幸せなものはない。
念の為に30分後に目覚ましをかけて、安心して眠りにつく。


意識が戻り、目を覚まして伸びをしながら目覚まし時計を確認すると、アラームが鳴る5分前。
十分に身体も脳も休まって気分がよかったので、アラームが鳴る前に起き上がる。

洗濯物を確認すると、この快晴ですべてきれいに乾いていたので、洗濯物を取り込むことにする。
それでもまだ約束のピクニックまでに時間があるので、読書の続きを再開する。
この何もしていないようでしている時間がなんとも心地よい。


ピクニックの場所まではうちからは自転車で15分ほどのところにある。坂もほとんどない平坦な道なので、今日みたいな日は自転車で行くに限る。
出来上がったマフィンをボックスの中に入れ、家を出る。

夕方前のこの時間帯は、木陰に入るととても気持ちがいい。
2人の友人とも無事合流し、池の麓まで一緒に歩いていく。
この公園にはいくつかこうした池があり、人々の憩いの場になっている。

池の近くにいい感じに木陰があるスポットを見つけると、私が蚤の市で見かけた中古の、でも質が良い、いぐさでできた茣蓙を敷いて、3人で座り込む。

友人たちが持ちよってきたお菓子もとても美味しそうで、何を使っているのか、どうやって作ったのか、という話で盛り上がる。
友人の一人が持ってきてくれたボトルに入った冷えたハーブティーを飲みながら、お菓子を食べつつ、気の置けない友人たちとおしゃべりする時間は楽しくて、あっという間に過ぎていく。

日が少しづつ傾きかけてきたので、友人たちとは解散し、食べきれなかったお互いのお菓子をお土産に持つ。
この後の予定は特にないので、私は少し遠回りをしながらうちに帰ることにした。

道中にちょっとした小道があり、面白そうだったので入っていくと、今まで全く入ったことがないエリアに入り込んでいた。

こじんまりとしているけれど、ガラスの扉越しにみえる店内から、店主のセンスの良さが伺える雑貨屋さんがすぐ脇にある。
その少し先には、小さなカフェと、パン屋さんと思われるお店もある。
そのどれもが残念ながらもう閉まっていたのだけれど、小洒落たお花屋さんがまだ空いていた。あまりに素敵な外観に惹かれて、思わず中に入ってしまう。

内装もとても素敵で、至る所にセンス良く飾られている植物たちが空間を演出している空間は、ずっとここに居たいと思ってしまう。

その中で、とても可愛らしい花を咲かせ、甘くいい香りを漂わせている小さな花束を自分のために購入することにした。
お店の人は物静かだけれど植物への愛情が伝わってくるような人で、私にお花を長持ちさせるための方法を教えてくれた。
(もちろん、この花束がねこにとって害がないかの確認も怠らない)

ああ、とっても素敵な場所を見つけてしまった!とウキウキした気持ちでお花屋さんを出ると、Google mapの上にこの場所をピン留めする。
これでまた、今度はまだ他のお店も空いている時間にここに来られる。

少し冷たくなってきた空気が、自転車を漕いで熱った身体に心地いい。
自転車を走らせて家に戻ると、玄関前に黒ぶちのねこが尻尾をあげて待っていた。

私の住んでいるアパートの1階に住む大家さんの飼い猫である彼(私はチョビと呼んでいる)は、週に何回か私の部屋に遊びにくる。
気まぐれなお客さんだけど、癒しをくれるとても可愛い存在なのだ。

ドアを開けると、チョビはするりと中に入っていき、飯をよこせと要求する。わかっている、彼の主な目的はねこ用の缶詰。大家さんのところでは乾燥フードしか食べられないから、缶詰のご飯は彼にとってはたまのご馳走なのだ。

チョビに缶詰をあげると、さっき買ったばかりのお花を花瓶に入れる。
この花瓶は陶芸をしている友人が、以前誕生日プレゼントにくれたものだ。

その後は身体を洗い流すためにシャワーを浴びて、お風呂に浸かって1日の疲れを癒す。
お風呂上がりにスキンケアをしていると、グ〜とお腹が鳴り、自分もお腹が減っていることに気が付く。

今日の夕ご飯は、今朝蚤の市で買った美味しそうなお惣菜と、今日のお昼に食べなかった作り置きの1品。品数は少ないけれど、1品に使われている食材は多く、きちんと栄養についても考えているので、とてもバランスの取れた食事になっている。
特に夜は洗い物は少ない方がいいから、こうして簡単に準備できるものがいい。

買ったお惣菜も作り置きの一品も美味しくて、とても満足して夕飯を終えると、日はすっかり暮れていた。
チョビはソファーの上で寛いでいる。
私はお湯を沸かすと食後のハーブティーを淹れた。

そのままチョビの隣に座ると、チョビが私の膝に乗ってくる。
暖かいふわふわを膝の上に感じながら、顔を掻いてあげると気持ちよさそうにしている。

ケータイを手に取り、今は別の場所に住んでいる恋人にメッセージを送る。
”用意はいい?”
すると、
”いいよ”
と返ってきたので、サイドテーブルの上に置いてあったリモコンに手を伸ばし、プロジェクターのスイッチを入れる。

そう、これから映画鑑賞会。
私はもともとあまり映画を見ない人間だったのだけど、そこそこ映画を見る恋人が過去にお薦めしてくれた映画がことごとく私に刺さったため、今ではこうしてときどきお互いに一緒の映画を見る、映画鑑賞会を開く。

見たい映画は事前にメッセージで話し合って決めるのだけれど、今日はお互いの合意のもと、あるドキュメンタリー映画を見ることになっている。

今回の映画は1時間くらいのそこまで長くないものだったけれど、とても見応えがあった。
しばらく一人で、映画の余韻にひたる。
チョビは少し暑くなったのか私の膝からはおりて、横でお腹を見せたまま眠っている。

そろそろ映画の感想を語り合いたいな、という気持ちになってきたころ、恋人から電話がかかってきた。
映画の感想をお互いに共有する。そういう視点もあるんだね、とお互いに再発見があるのが楽しい。

お互いの最近の近況報告やたわいのない話なんかもしていると、あっという間に30分くらい経っている。
じゃあまたね、おやすみ、と言って電話を切り、チョビと少しいちゃいちゃする。ふわふわの毛並みをしばらく楽しんでいると、ふいにチョビは起き上がって、玄関へ向かいだす。

彼はいつも私が寝る前には家をでたがるのだ。寝床は大家さんのうちと決まっているらしい。
玄関の扉を開けてやると、何の未練もなく、するりとドアの向こうに抜けていく。ばいばい、またね、と心の中でお別れする。

寝る前に寝室にお気に入りのアロマミストをひと吹きすると、針葉樹のような、リラックスできる香りが寝室をつつむ。
その中で、毎日の日課になっている寝る前のストレッチをすると、何とも心地よく、身体が寝る準備をしているのがわかる。

電気を消してベッドに横になりふとんにくるまると、今日1日あった出来事を思い出し、最高に幸せな1日だったと、今日の幸せを再度噛み締める。

今日はたくさん予定が入っていたけれど、明日は何の予定もない。
そういえば、天気予報では明日は朝から雨だった。
ちょうど良い、家の整理整頓と掃除をして、あとはのんびり過ごそう。
あとは、今日友人から教わったハーブティーを調合して、残ったお菓子でティータイムにしよう、そうしよう、と思いながら、気がついたら眠りについていた。

時刻は夜11時。おやすみなさい。良い夢を。



なんだか随分な長文になってしまいましたが、これが私にとっての最高な1日です。

『最高の1日を考えるノート』というものがあるということを最近Twitterを経由して知り、それから遡って古性さんのNoteを読んだ私。
私も自分にとっての最高の1日を考えてみたい!と思ったのが、今回この話を書いたきっかけです。

↑参考にさせてもらった記事です。

私が今回書いたこの話は、心の中の自分に、どんな1日を過ごせたら私はハッピーなんだろう?と問いかけて誕生した、私を主人公とした物語です。

話の中ではあえて触れていませんが、この物語の舞台として、スペイン南部の小さな街をイメージして書きました。
私はスペイン南部の街と日本の2拠点での生活を中心に、他の国、都市も時々短期間で滞在するような多拠点生活をしている、というのが裏設定です。

正直、ちょっといろいろ詰め込み過ぎてしまい、今の私だとちょっと疲れ過ぎてしまうかも?
恋人との映画鑑賞は次の日の午後あたりに移したほうがいいなぁと思うのですが、これは最高の”1日”の物語。
すこし欲張ってしまいました。


最高の1日について考えていた時、想像以上にすらすらと出てきたことに驚きました。
なぜならここ数年、私自身が本当にやりたいことやなりたい姿がわからなくて悩んでいたからです。

でも今回、想像しながら思わず顔がにやけてしまいそうになる程、「最高!!」以外出てこない1日を想像することができました。
そのことが嬉しくて。

それと同時に、私の心の中の本音として、”働きたくない”、”仕事したくない”というのがあるのではないか?というのが垣間見えた気がします。
私にとっての最高の1日に、仕事の話が一切出てこないことからも、そうなのでしょう。

私は、自分が”生活”をしていると実感している時に幸せを感じるんだな、と最近思うようになりました。
生きるために生活する、のではなく、生活するために生きる。
そんな人生がいいな、となんとなく思っています。

それでも、今回の物語で書いたような生活を実現させるには、お金が必要です。
だから次は、お金を稼ぐことを入れた”最高の1日”についても書いてみようと思います。

きっと、私は”これは労働だ”と思ってしまうと嫌になってしまう人間なので、そうではない生き方ができたら、それこそ「最高!」です。

2022.06.14
はる

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