言葉の重み

私の眼に映ずる先生はたしかに思想家であった。けれどもその思想家の纏め上げた主義の裏には、強い事実が織り込まれているらしかった。自分と切り離された他人の事実でなくって、自分自身が痛切に味わった事実、血が熱くなったり脈が止まったりするほどの事実が、畳み込まれているらしかった。
                                   夏目漱石『こころ』

私は『こころ』のこの言葉が好きだ。

年齢はその相貌にあらわれると言うが、言葉も当然同様であろうことは論を俟たない。鬼哭啾々、悲哀に満ちていた者がその数時間後に、前向きではない。決して前向きなどという勇壮なものではなく軽佻浮薄な言葉を放っている。私はその者の相談に、それこそ必死になってのっていたつもりであった。正直、私は失意を禁じ得なかった。私の心の狭さ、余裕の無さからくるものかもしれない。

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