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現代語訳 羿射九日異聞 3

逃亡

「逢蒙!!退くぞ!!」
師匠がそう叫ぶと手に持っていたものも放り出し一目散に駆け出して行った。
その姿を見た僕も師匠を追い走る。というか弟子よりも先に逃げ出す師匠ってどういうことだ、と自身へ質問を投げつつも今はこの場を離れることが先決だ。
でも文句は言っておく。
「師匠!弟子よりも先に逃げないでください!」
「お前がギャアギャア騒ぐから気付かれたんだろバカタレ!」
「何が”策はある(キリッ)”デスか!」
「まてまて!キリッは言ってない!」
師匠との掛け合い漫才をしながら逃げていた僕たちですが、ふと気づけば僕らの走る音以外は聞こえてきませんでした。
僕は足を止めゆっくり辺りを見回します。
「あれ、追ってきてないんじゃないデスか?」
もう一度辺りを探る。聞こえるのは師匠の奏でる荒い呼吸のゼーハー音だけ。
「・・・師匠。ちょっと静かにできませんか?」
「ちょっ・・・むりっ・・・インドア派やぞ俺・・・」
膝に手を置き全力で息を往復させる師匠を横目に周りを見やるが、やっぱり追ってきてない。
「追っかけてきませんでしたね」
「そりゃそうだろ・・・」
師匠はとうとう五体を投げ出し仰向けで寝転がりだした。
「森の中にただ”いた”ってだけの俺たちをどうして追っかけてくるって思うんだ?」
「それはもちろん自分達を退治するために誰か来たって思うんじゃ」
「そんなわけないだろ」
師匠は何を言ってんだ?と頭にハテナマークを浮かべる僕を諭すように師匠は述べる。
「あいつら悪いことしてるなんてこれっぽっちも思ってないんだから」
「でも地上の人達迷惑してっ」
そこまで言って僕も気が付いた。そうだ基本天界の神々は地上の人々のことなんてどうとも思ってないんだ。
だから”迷惑をかけている自分達を追いかけてくる存在”がいるってこと知らないのか・・・!
「まッそういうことだ」
師匠はいつの間にか起き上がり走って来た道を戻りだす。
「さあもっかい様子見いくか」
歩き出す師匠の背中を僕も再び追いかける。
「待ってください師匠!そんな堂々としてたらまたすぐ気が付かれちゃいますよー!」
「・・・もう気付くことはないんじゃないかな」
駆け出し追いかける僕にそんな声が聞こえた気がした。多分気のせいだろう。

様子見の為に戻る僕らに何か違和感が付き纏う。
先程までと何かが違う・・・そう分かってはいるものの一体全体その正体が分からない。
「師匠・・・」
と小さな声に出して師匠に問うものの、その返事が返ってくることはない。
その違和感がどうしても気になり今度は先程よりも大きな声で再度聞いてみることにする。
「師匠!なんか辺りが・・・」
とそこまで言いかけ理解する。
さっきまでヒリヒリと火傷するような暑さが続いていたのが収まってたんだ。
「どうやら策は成ったようだ」
僕は目を丸くして驚く。
策って師匠の嘘だったんじゃ・・・?
あれ?どうだったんだっけ、ついさっきのことなのに思い出せない。
うーんとしばし唸っていると辺りが明るくなり、森が開けたのが分かった。
さっき僕らがいた辺りだ放り投げた荷物もあるし。

泉の傍まで寄ってみる。すると二羽の鳥が地に付しているのが見える。
「この鳥は・・・」
僕は駆け寄りピクピクと痙攣する二羽の鳥を掌で掬うように持ち上げる。
日の光に泉の青を差し込んだ美しい羽をした鳥だ。ついさっき似た色を見た。さすがに忘れない壬と癸だ。
二人は弱ってしまい神力を失い半人半鳥の姿から小鳥のようになってしまったんだろうか。
じっと師匠を見つめる。いったい策とは何だったのかと。
「これで壬と癸も”地上は怖い”ってのが分かってくれただろうか」
そう言って師匠は地面から何かを拾う。拾った何かからはドロっとした液体が滴る。
「師匠、チョコですか?それ」
「チョコは鳥には毒らしい」
そう言って師匠はチョコの入った容器をフリフリと振ってみせた。

さっきの出来事を思い返してみる。
「師匠と策について話してたら、急に双子が現れて、慌てて逃げて・・・」
逃げた瞬間、確かに師匠は飲んでいたチョコの容器を放り投げていた。しかも双子にその容器が見えるように。
双子は地上でこれだけ長い間遊ぶのは生まれて初めてだろう。見るものすべてが新鮮だ。
好奇心の固まりのような存在であれば、誰かが美味しそうに飲んでいる物体を自分もと思うのは当然だ。
チョコは鳥には有害。それは知らなかったが、果たして神にも効くのだろうか?いや今そこは問題じゃない。現に効いたのだ。
全力で逃げることで害意のない存在を見せ、警戒心を解いた。
それを知らない僕も双子もすべて師匠の掌の上だったということなんだろうか。
「これが師匠の・・・策」
僕がそう告げると腰に手を当て堂々と誇るように
「いやいや、偶然っしょ」
「は???」
師匠は頭の後ろで手を組み滑るように語る。
「その時たまたま飲んでた水筒をビックリして落とした。それをたまたま双子が見て。興味本位で飲んだら倒れた。そんだけっしょ。いやー運が良かった」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
「え、運が良かっただけなんデスか!?」
「はてさて」
振り返る師匠は満面の笑みをたたえて僕に聞く
「どっちのほうが、いい?」
僕は飄々と運の良さを語る師匠と、神算鬼謀を発揮していた師匠どちらが正しいか分からなかった。
師匠はいつものこうだ。
誰に対してものらりくらりと真実を伏せる。己の実力を見誤るように。

ただ師匠は僕にウソを言わない。
今までもこれからもきっとそれは変わることが無い、それだけで信じてついて行くことができるんだ。

「ところでこの双子どうするんですか?」
「その辺に置いとけば地上は怖かったって勝手に巣に帰るんじゃない?」

やっぱり適当さ加減だけは何百年経っても慣れる気がしない。

「あれ、師匠。そういえば弓ってどうしたんデスか?」
「どうしたっていうと?」
「ほら玉皇大帝から貰った虹色の弓って使ってないデスよね?」
「・・・あれ、ほんとだ」
「使わないとマズイんじゃないですか?」
「・・・脅せばOKって話だったし。いざという時に使うわ。多分。」
やっぱり適当だったと一人ごちる僕。きっとこの独り言は師匠の耳には届いていないんだろう。


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