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【最終報告書】歌手にはなれなかった。でも「サウンドマーケター」っていう曲のコードができた #新しい働き方LAB

「こっちの冬も、やっぱり寒そうだな・・・」

今年の春に福岡に引っ越してから、早7か月。
すっかりさみしい様相になった庭の木々を見ながら、この最終レポートを書いています。

先に結論を書いてしまうと、研究計画書に書いた目的は達成できませんでした。
さすがに "歌手" になるには、半年では全然時間が足りなかったらしい(笑)

歌手になれるかどうかはわからない。むしろ、アドバンテージが全くといっていいほどない。
それでもやってみることに価値があると、今はただそう思いたい。
(中略)
現状では、この実験を通じて何かを伝えたいとは考えていません。
4か月後の自分に何か気づきがあれば、それは次の実験に残しておきたいなと思います!
https://note.com/harryard28/n/n949cd53e23b8 より

この研究員として過ごした半年間は、一言で例えるのなら「種が芽吹くのを待つ時間」だったと思います。
目に見える成果を残せてはいませんが、この研究員制度を使って一歩を踏み出したからこそ、自分の中に何かが根(音)づきはじめた感覚があって。

4ヶ月前の自分も言っているけれど、また明日からの自分に向けて、この報告書をまとめていきたいと思います。


始めたきっかけ(実験目的・背景)

当初の実験タイトルは「(年齢的に不利となる)29歳からでも、歌手を目指せるか」というものでした。
なぜそうしたかと言うと、「ずっとやりたかったけど、機会がなかった」から。

音の世界との出会いは前職の退職エントリを読んでいただけるとうれしいのですが、自分の中にずっと "音" があったのに、それと向き合おうとはしなかった(できなかったとも)。

それを
 ・29歳という20代最後の1年を使って
 ・前職の仕事も卒業して
 ・そして、知り合いが誰もいない遠い福岡にやってきて
という意気込み(?)をもって、半ば強制的に自分の中の "音" と向き合う環境を作りました。

そしてちょうど環境作りが終わったベストなタイミングで、この「研究員制度」を人から紹介していただき、冒頭の実験が開始されたわけです。


さしずめ実験結果はというと・・・(結果・気づき)

検証内容はシンプルに「期間内に歌手の仕事を取ることができるかどうか」。
この半年でやっていたこととしては、

・5月: ボーカルレッスンに通い始める
・7月: ピアノと歌の練習を、「1日10分×毎日」に切り替える
・8月: 「研究員の夏祭り」にてライブ。歌のみ
 (♪ グッバイ・アイザック/秦基博)
・10月: Twitterにコード弾きの動画をアップ。ピアノのみ
 (♪ 丸の内サディステック/椎名林檎)
・11月: レッスンスクールが運営するライブに出演。ピアノ+歌
 (♪ 点描の歌/Mrs. Green Apple)

スクリーンショット 2021-11-30 22.50.57

とやっとこさ学んだことが形になりはじめたレベルで、この記事の最初に書いたとおり、仕事に至るまでにはならず。
この観点から見れば「実験は成功しなかった」ということになりますね。。


歌手を目指すことは「コードを弾くこと」だったのかもしれない

ただ自分が歌をやり始めて気づいたこともあって。

歌をやりながら過去の音・音楽に対する経験を振り返ったときに、自分は「音を使って人の心を動かす」ということにとても大きな興味を持っている、ということを改めて認識することができました。

2020年夏頃から自分の中に "音" が鳴り始めていたものの、それがどんな音なのか、何を目指したいのか、というのは1年たったタイミングでもどこか曖昧で。

以前作曲家の方とお話しした際、次のようにお話しをされていました。

『(曲を作る中で)メロディーが浮かばなかったら、まずコードを弾いてみろ。そうすると(メロディーやアレンジが)自然と出てきたりするから』

少し違う表現になってしまうかもですが、、自分の人生を1つの "音楽" とするのなら、ここまでの活動は「その曲のコード進行を考え、演奏すること」なのかなと・・・!

そして、その曲のタイトルは「サウンドマーケター」に決まりそうです。


目指す先は「サウンドマーケター」としての自分

"サウンドマーケター" という言葉は1年以上前から知っていたのですが、「やっぱり自分の行きたい方向はここだ!」と思ったのは、直近2か月ぐらいでした。

そのキーワードが腹落ちしなかったんじゃなくて、単に「自信/覚悟がなかっただけ」だったんだなと、今振り返ると思います。

この研究員制度の唯一であり最大の成果と呼べるものは「"サウンドマーケター"という、自分が行くべき道がはっきりしたこと」だと感じていて。

裏を返すと、この研究員に関わっていなかったら、まだまだ音の迷路をさまよっていたかも知れません(笑)

(ちなみに、「サウンドマーケターって何?」ってよく聞かれるので、近いうちにnoteにでもまとめようと思います・・・!笑)


唯一の反省点は「得意ジャンルを捨てたこと」

前半部で「音と向き合うために福岡に来た」と書きましたが、それを行うにあたり放棄したものもありました。

それは「人とのコミュニケーション」。

元々人と話すのが好きなのですが、それゆえ長い時間話し込んでしまったり、コミュニケーションに時間が取られて他のことが疎かになってしまったり・・・。

9月ぐらいまでは本当に、妻とレッスンの先生とたまに両親。あとは業務上で必要な会話ぐらいにコミュニケーションを絞っていたのです。。

ただ、10月以降に人と会う機会に恵まれて、そこから新しい知見が広がったり、お仕事につながったり・・・と
ああ、やっぱり自分は人とコミュニケーション取ることが大切だわ😇
って痛感した時期でもありました。。笑


数百名の方々が同じタイミングで研究に取り組んでいたにも関わらず、自分にばかり目がいってしまっていました。
せっかくの研究員制度をフルで活かしきれなかったことが、本当に悔やまれますね。。(なのでこれからお話してもいいよ、って方がいたらぜひに!)


これからどんな曲ができるのか。"伴奏"してくれた皆さんに心を込めて

以上が働き方LAB・研究員制度第1期生として書いた「最終報告書」となります。

タイトルとコード進行、ざっくりとしか決まっていない曲(人生)ではありますが、メロディーが生まれてアレンジが加わっていくことを考えると、これを書いている今からとても楽しみです。

改めて自分おつかれさまでした。
そして、半年間ともに伴奏してくださった運営のみなさん、同時期に研究を進めていた皆さん、ありがとうございました!

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