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301号室。

彼の部屋にはステッカーだらけのギターがあって、
「俺はギターも下手だし、歌は万人受けしないんだよね」って君は言ってた。


私は、そんな彼が弾き語る歌が、ギターが、声が、本当に好きだったの。
一生聴いていたいって、そうしていられたなら他には何もいらないなんて、本当に思っていたんだよ。


窓のサイズに対して長さの足りないカーテンだとか、
一人暮らしにしては無駄に大きなベットとか、
部屋の隅にぐちゃぐちゃに置かれた服の山とか、
偶然一緒だったルームミストの、充満する匂いとか、
「今ならもっと上手に描ける」とか言いつつ、大切に飾ってある絵とか、

301号室の中の全部が愛しくて、
そこで過ごしてた日々がかけがえ無くて、
でも言葉にすると何だかとても陳腐で。
言葉で表すことなんて出来ない。
そんな私を横目に記憶は日々色あせていって、線がぼやけてしまう。

でも、きっと、絶対、

私は彼を、彼と過ごした月日を忘れることは出来ないんだと思う。


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季節は春。桜がまだ咲く頃。
上京して一週間が経った。

世間は突然やってきたコロナで大騒ぎ真っ只中。卒業式も卒業旅行も入社式もなくなってしまった私はどこか宙ぶらりん。知り合いもなかなかいないし、できないし、会えない。

そんなときにちょっとしたきっかけとかタイミングとか、色々重なって会ったのが彼だった。

池袋駅の東口。
電車が遅延して、四個も年上の彼を30分近く待たせてしまったから、走って階段を駆け上がる。

人多いし、みんな無駄にマスクしてるし、と電話をかけて彼を探す。

人混みから彼を見つけた時、困るな、と心のどこかでアラートが鳴った。
そんなことを今も鮮明に覚えている。
「この人じゃなければ良いなって思いました」と開口一番に口にした私の事を、君はずっと怒っていたけど、本当にそうだったの。

報われない恋が始まるのかな、と、ジクジクと心を蝕む不安を流し込むように麦酒を飲んだ。


彼はモテた。のかは、よく知らない。
けど、同い年の男の子と比べられないくらい女の子扱いが丁寧だし、外見も雰囲気有るし、余裕そうだし、女の子には困ってない感じだったし、二回目に行った彼のアパートのお風呂場には、女物の洗顔料があったし、そういうことだと思う。

自分みたいな女の子が他にもいるらしい、と風の噂で聞いた。
彼は特に否定もせず、寧ろ「深追いしない方がいいよ」と、前の晩も違う女の子といたことを匂わして、私を突き放した。

そんな人だと、どうしようもない恋だと、分かっていた。
けど、コロナの自粛ムードで今世紀一暇だった私たちが交わした「春が終わるまでは遊ぼう」という曖昧な口約束のもと、週末は彼の家で過ごすことばかりだった。

東京は暖かくて案外直ぐに桜は散ってしまった。
きっともう春は終わってしまっていて、季節は夏になろうとしていた。
けど、曖昧な約束に託けて、まだ春だよ、なんて笑いながらずるずると一緒にいた。

情なのか気まぐれなのか、なんなのか分からないけど、自粛が明けてセミが鳴くころには、二人で電車に乗って出かけることも少しずつあった。

江の島に八景島、みなとみらい、鎌倉とか。とか。
手をつないで歩いて、まるで恋人のように優しくされて、勘違いしないように必死で。あまりに幸せだと別れがつらくなるな、と、楽しさに比例するように、悲しい顔をしてしまっていた。「つまんない?俺だけ楽しんでてごめんね」なんて君は困った声で言うけど、これから一生神奈川のデートスポットに行けない呪いがかかるくらい、楽しかったんだよ。

「電車が苦手」と嫌な顔しながら1時間と半分掛けて会いに来てくれるとことか、移動中はずっと手をつないでくれるところとか、水族館に行ったら誰よりもリアクションがいいとことか、居酒屋で頼んだ麦酒を残していたら何も言わなくても飲んでくれるとことか、誕生日に会いたいとか、浴衣デートしたいなんて言う我儘を困った顔して許してくれるところとか。最初はそんなことなかった癖に、おじいちゃんかお父さんかっていうくらい過保護になってしまうとことか。書ききれないけど、どうしようもなく、私は、彼が。


夏もいよいよ本番に差し掛かって、誕生日を迎えて23歳になるころには、彼には彼女はいないけど、心に決めている人がいると知った。
可愛くて、頭が良くて、面白くて、彼が一番つらい時に傍で支えてあげた人、らしい。なにそれ、私の出る幕ないじゃん。完全にモブじゃん、うける。うけないよ、馬鹿。

気づいてないふりをして、会いに行った。笑ってた。少しだけ、気づかれないように泣いた。気づかれていたのかもしれないけど。

そのころには、「春が終わるまで」なんてのは何の効力もない口約束に成り下がっていたけど、いつか来るであろう終わりが少しずつ鮮明になるのを感じていた。コロナが常在化するにつれ、お互い仕事もプライベートも少しずつ忙しくなっていったけど、相変わらず時間を、予定をぬって会っていた。



いつか会えなくなるなら、どうせ終わってしまうのなら、曖昧にして誤魔化しているこの感情を伝えて終わりたいなんて考えに至るのは、当然の思考回路だと思う。

振られることは百も承知。一方通行の恋の終点をどう色づけてやるかってだけ。
言いたいことひとつ残らず伝えたいから手紙にしようか。それより、短く端的に伝えたほうが心に残りますか。
最後は笑ってさよならがしたいな。私泣き顔がとても不細工だから。でも、泣いてしまうのかな。やっぱり、泣いちゃうかな。

何度も紙に書いては消して、書いては消して、こんなにも書けないものかと。伝えるのにこんなにも月日がかかるものかと。終わらせたくないものを終わらせる準備なんて、そんな簡単にできるものじゃない。

でも、終わりは来る。季節は秋になっていた。


結局チキンな私は、長々と気持ちを綴り、この期に及んで彼に引かれてしまうのが怖くて、というか、焦りすぎて、怖すぎて、三言くらいで言い終えた。前を向くと、今までどんな我儘を言ったときより、困った顔を、悲しい顔をした彼がいた。

「そんなつもりなかったのに。好きになってしまった。

けど、それよりも、裏切れない、大切にしたい人が他にいる」

と、私よりもぐちゃぐちゃな顔していい歳した大人が泣くから、
死んじゃうんじゃないかってくらい悲しかったけど、彼が私を想って泣くから、なんだか報われたような気持ちになってしまった。


結局こんな大々的な今生の別れをした癖に、どうしようもない私たちは、その半月後には連絡を取って、上手にさよならができないまま、季節は冬になろうとしていた。彼が引っ越すぎりぎりまで、決心なんて出来なくて。

彼の部屋に行く度に大好きだった部屋の物たちが減っていくこととか、
外を堂々と歩けなくなっていくこととか、
突然連絡が途絶えて丸二日音沙汰がなくなることとか、
それらが何を意味してるかは、私もよく分かっていたけど、
それでもなお会いたいなんて思える人に会える確率が低いことも、もしかしたらこれからの人生でもうないかも知れないことも同様に分かっていたから、結局本当に彼の生活が一変する直前まで、会ってしまった。終われなかった。

季節は本当に冬になってしまった。吐く息は白い。
やっぱりあの口約束通り、春が終わるまでにすればよかったかな。
こんなに悲しくて寂しいのは、冬になったからでしょう。それだけでしょ。



取るに足りない恋だった。映画にも本にも曲にもならない、なりきれない。精々YouTubeのエモい感じのバンドのMVのコメントで、気持ち悪い頭の悪そうな痛い奴らがつらつらと書き連ねている馬鹿げた恋愛エピソードみたいな、どこにでもある、ありふれた恋で。世間の人から見たら、カタカナ3文字で漢字二文字で片付けられてしまうようなそんな、どうしようもない恋だった。

今日から彼は、私のことを好きだといった彼は、
私じゃない誰かと日々を過ごしていく。これからを生きていく。
もともと交わるはずのなかった私たちだから、二人のこれからにお互いが干渉することは一生ないんだと思う。街で偶然なんてことがあるわけもない。
だから、また会っちゃって、話ができなくて、目も合わせられなくて、つらくなるなんてこともないね。



彼はお世辞にも太陽のような人じゃない。どっちかというと反対。
変なとこで自信がなくって、落ち込んだりしちゃう人。一人で泣いちゃう人。
そんな彼の憂鬱を晴らして、照らして、太陽の陽が当たる暖かい場所に連れて行ってあげる。一生離さないでいてくれるなら、何でも叶えてあげる、一生幸せにしてあげられる、なんて大それたことを思っていたけど、その役目は私じゃないね。

世界一の幸せなんてのは似合わない君だから、
彼のこれからの人生で、当たり前みたいな、ゆるい幸せが、だらっと続きますように。



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このnoteを描いたのには理由がある。


「いつかnoteのネタにしていいよ」と、馬鹿にしたように笑う彼への当てつけで。
一生忘れることはないと言った癖に不安な私の備忘録で。
そして、いつまでも忘れて欲しくない私の欲望だ。

これは、

私が彼に最後に渡す、世界でいちばん醜い、ラブレターだ。


haro

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