見出し画像

モノローグ「山のあなた」 第四稿


『山のあなた』
作:harlequin moom


  冬の朝、ベットに父親が寝ている。

 山のあなたの空遠く 「幸」住むと人のいふ。 

(寝ている父親に)息、静かだかね 痰の吸引はしなくてもよさそうだね。
酸素濃度あげとこうか。
聞こえる、父さん 今日は雪だよ。ストーブつけようか。 (そうは言うが動かない)
母さんは、寝てるよ。
僕がここにいるから、明るくなるまで寝かせてあげるよ。
静かだね

 布団をめくる

チアノーゼか、マッサージしないと 、(傍らから瓶を取り出し)
これが馬油かな 足先から上だよね、わかってるよ。

 馬油を手に取り、マッサージを始める

・・・冷たい足だ。ストーブ強くしないと。 (そうは言うが動かない)
 苦しくない、父さん。何も聞こえないね。

父さん、聞こえてる。
今のこの顔をみせたら伯母さんたちびっくりするよ。
 スキンヘッドで、眉毛もなくなって・・・
 伯母さんたちに知らせてないんだろう。

 足を変えてマッサージを続ける  馬油をひとすくいとる

これ、においきついよね。
獣臭って言うの、これほんとに馬の油なのかな。
かみさんがね。動物飼おうかって言ってるんだ。子供も出て行ったし。
でも、ほら 俺、犬猫駄目じゃない。アレルギー・・・
だから、魚はって聞いたら、触れないからダメだって、毛があるものがいいんだって。

  マッサージの手を止める

すね毛もなくなっちゃうんだね。
色、戻らないね。

手紙呼んだよ。
伯母さん宛のやつ、出さなかったんだね。
呼ばないほうがいい。
話してくれたよ、叔母さん、じいちゃんの葬式で、 田舎行ったとき、みんなで学校出してやったって。
でも、詩ばっかり読んでたって・・・

寒いね。
寒くて静かだね。

・・・麦藁。
麦藁でご飯炊いてたって、あっと言う間に燃えてしまうから炊き上がるまでずっとかまどの傍にいて、詩集読んでたって、 つらいって言わない人だって。

父さん

聞こえてる (枕元の本をとって)

山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ。
噫、われひとゝ尋とめゆきて、 涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く 「幸」住むと人のいふ。

静かだね
おやすみ父さん


【意識したこと】
・疑問符の使い方
・先延ばしにする
※作中の詩 カアル・ブッセ作 上田敏訳 「山のあなた」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?