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モノローグ「山のあなた」 第五稿

 男が一人ベットのそばに座って本を持っている、ベットには男の父親が横になっている

(本を読む) 山のあなたの空遠く 「幸」住むと人のいふ。
噫、われひとゝ尋とめゆきて、 涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く 「幸」住むと人のいふ。

(父親の顔に自分の顔を近づけて) 息、静かだかね。
痰の吸引はしなくてもよさそうだね。
酸素濃度あげとこうか、 聞こえる、父さん。

今日は雪だよ。
ストーブつけようか。 (そうは言うが動かない)

母さんは、寝てるよ。
僕がここにいるから、明るくなるまで寝かせてあげるよ。

静かだね。

 布団をめくり足を見る

チアノーゼか、マッサージしないと。
(傍らから瓶を取り出し) これが馬油かな。
 足先から上だよね、わかってるよ。

 馬油を手に取る

さらさらだけど、においきついね。

 足元に移動し、マッサージを始める

・・・冷たい足だ ストーブ強くしないと。(そのままマッサージを続ける)
苦しくない、父さん。
何も聞こえないね

つるつるだ。すね毛もなくなっちゃうんだね。

 足を変えてマッサージを続ける。馬油をひとすくいとる。

獣臭かな。 馬の油ってかいてあるもんね。

かみさんがね。動物飼おうかって言ってるんだ。
子供も出て行ったし、でも、ほら 俺、犬猫駄目じゃない、 アレルギーで。
だから、魚はって聞いたら、触れないからダメだって。
毛があるものがいいんだって。
モフモフしたいんだって。

(父親の顔を見て) 今のその顔をみせたら伯母さんたちびっくりするよ。
 スキンヘッドで眉毛もなくなって。

ハムスターとか・・・
リスなら大丈夫かな。

父さん、今年喜寿だっけ。俺が厄年だから、そうだよね。
伯母さんたちにも声かけないと・・・

  マッサージの手を止める。

相変わらず大きい手だね。
グローブみたいだよね。
ほんと・・・力仕事してきた手だよね。

  布団をかけなおす。

手紙呼んだよ。
伯母さん宛のやつ。 出さなかったんだね。
呼ばないほうがいい。

小学生の頃は、よく連れてってくれたよね、伯母さん家。
伯母さんね、もうだれも住んでないじいちゃん家にも連れってってくれたよ。

リスがいたよ
がりがりに痩せたリスが
遠くを見てる

父さんが、ここでご飯炊いてたって、麦藁で、ご飯炊いてたって。
そこの竈も見せてくれた。
あっと言う間に燃えてしまうから、炊き上がるまで、ずっと、かまどの傍にいて、詩集読んでたって。
みんなで学校出してやったのに、詩ばっかり読んでたって・・・

何見てたんだろうって・・・

 間

伯母さんにあっても
手紙は見せないよ

寒いね寒くて静かだね

父さん
聞こえてる

父さんは・・・

静かだね

おやすみ父さん


【意識したこと】
・疑問符ジャック
・目にした語順に変える
・擬音を使う
・時制を変える
※作中の詩 カアル・ブッセ作 上田敏訳 「山のあなた」


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