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もしかしたら運気の偏りはあるけれど

去年辺りから、三つ子ちゃん、双子ちゃんと知り合うことが多かったり、兄弟の日干支同士が律音のケースに出会ったりすることがありました。
家系を大樹として考えたり、一つの集合体と考えると同じ人はいらないと淘汰される…というのが無情の学問算命学であり、東洋思想です。
昔の感覚はちょっとわからないのですが、普通以上の苦労をして出産したお母さま方のことを想うと、同じだけ大切な子どもたちですよね。
また、昔であれば養子に出す、受け入れるということがよくあることでしたので、また違ったかもしれませんが,
生まれた子どもたちと親、という形が現在の家族のデフォルトになっている昨今です。
また、近年不妊治療の先に出産される方も増え、それに伴って双子の出産というケースも増えているように感じます。
医療の発達も相まって昔よりも双子ちゃんの数はかなり増えているということになりますね。

創喜塾のテキストではCコースのコラムの中に双子について記載されていますので、ご興味がある方は是非そちらをご覧いただいて。。。

算命学では運気の偏りが多胎のケースには見られる、とされています。
律音兄弟の淘汰の話に通ずることで、同じ宿命を持つ場合はよりはっきりしてくるはずです。
(律音兄弟の場合はどちらかが早いうちに自立することが一つの工夫だと言われています)

実際のケースを見てみると、
・2人発達障害だが、一人だけ知的障害も伴う。
(困難さに差があるケースが何件か)
・成人してどちらも教諭になったが一人は早々に校長になり、一人は担任したクラスが学級崩壊となることも。
・一人だけ発達障害になる。
・一人だけ性同一障害だった。

一人が~だけど一人は~という話は実際によく聞きます。
運気の偏りと言われればその通りかもしれません。
だけど、それが=幸せなのかというところは立ち止まって考えたいところです。
例えば、出世しなかったり社会的な成功ができないかもしれないけれど、夢中になれる趣味がある、とか幸せな家族を持つことができた、とか。
発達障害で生きにくさを抱えて困り感もあるかもしれないけれど、ものすごく兄弟両親に愛された、とか。
性同一障害で苦しい想いもしたけれど、わかったことがたくさんある、とか誰かの力になることができた、素晴らしい理解しあえるパートナーを見つけた!とか。

もしかしたら運気に見えないところで幸せを抱えているかもしれないし、そのような視点で子育てをしていきませんか?
と考えるのです。
今目の前のお子さんにどんな選択肢があるのかを丁寧に見ていきましょう。

どうしても世の中って人の思い通りにならないことばかり起こります。
これが必要だったから起こったんだというよく聞く話ですが、そんなこと目の前の人に言えないよっていうことが本当にたくさん。
一緒に泣くことしかできない、のようなことが連続で起こる時期だってありますよね。

そんなときに、人間の力でできるところは何があるのかな、どこを見つめたら前を向けるのかな、を考えていきたいです。
きっとそれは一人の力では難しいこと。
一緒に考える力、伝える力、共感する心を持っていたいなと思います。

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