短歌入れれます(2020.02~全首評)⑧

四首アップです。

ゆあさん

歌の解説をいただいているので、その解説と私が歌から解釈できたものとの違いについて書きます。二句目から四句目にかけて表現される主体の気持ちは、初句の発話をした相手となんらかの特別な関係性があるために、わきおこったものだと思いました。相手の発話には具体的な状況の想定があったようですが、一首だけではそこまで読み取れないように思いました。むしろ結句に関連する語が出てくるので、相手が主体に直接触れたとも解釈可能だと思います。また、四句目に動機が示された上で、結句に具体的な行為が出てくるので、実際に行ったという解釈に導くほうが自然なように思います。ここがより抽象度の高い行為(確かめるなど)であれば、もう少し観念性が高くなったように思います。

西明 由音さん

二句目の格助詞が、主語を導くのか、あるいは(「には」のように)条件を設定するものかで、歌の解釈が大きく異なるように思いました。初読では、後者として解釈したので、何によってこの歌の状況がもたらされたのか不思議に感じました。歌の印象は、結句の語と相まって冷ややかな冬のイメージで、無力感があります。二句から三句目にかけてやや説明的に感じるので、何かしら具体物を描写することでより歌意を明らかにできるように思いました。

友漓ゆりりさん

初句の景は面白かったのですが、そこから一字あけて場面が転換して以降、言わんとすることを読み取るのが難しかったです。歌に出てくる両者がそれぞれに持つ相手のイメージと実際のずれのことに焦点をあてていて、大意としては、別々の個体であるがゆえに交わらない硬質なさみしさ(孤独というには少しおおげさな)を言いたいのだと思いました。そのあたりを表現する二句から三句の表現において、修飾関係が混乱していて負荷が大きいことが、読み取りにくさの理由かなと思います。

けいえむさん

上の句の表現が、四句目にも結句にもかかっていくような、重層的な作りだと思いました。初句二句の比喩と四句目の景のつながりはあまり見たことがなくて面白かったです。ただ、三句目が初句二句の比喩の説明になってしまっているのが気になりました。歌の意味を通す上では必要な語だとは思うのですが、初句二句の比喩が三句目について述べる、描写になるとより詩の世界が広がる気がします。色気や官能性のようなしっとりとした雰囲気というよりも、「どかどか」といったオノマトペがふさわしいような、パワーで迫ってくる感覚があります。

前回はこちら


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?