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君との軌跡(1)


子どもの頃は何者にもなれると思っていた

努力を続ければいつかは実り
諦めなければ願いは叶うと思っていた

ただそれは、歳を重ねるにつれて

努力は必ず報われる事は無いし
時には諦めも必要だと分かった

それでも足掻きたくて
両親に無理を言って
東京の大学に通わせてもらった

けど、そこで更に現実を突きつけられた

大学に行けば何となく目標を持って
そこに向かって進むことが出来ると思っていた

他の生徒は皆将来を見据えて勉強する中
何をすればいいのか分からなかった

結局、大学でもやりたい事は見つけられなかった

苦労して入社した会社では給料も心もとなく
尚且つ労働時間もブラックだった

そうかなれば自然とストレスは溜まるもので
気づけば絶対にやらないと心に決めていた
酒と煙草に手を出して

大学の奨学金を返済しなきゃ行けないのに

常にお金は足りなくて

何度も自分を見失いそうになった

でも、そんな俺にも生きる理由はあった

「森田ひかる」

俺が好きなアイドルグループ
櫻坂46の絶対的エースの「るんちゃん」

高校生の時
当時欅坂46を好きな友達に
新しく二期生が入るからと
勧められて番組やライブ映像を見た

当時の衝撃を覚えている

自分と年がほとんど変わらないにも関わらず
圧倒的な表現力で観客を引き込む姿に感嘆した

それでいて美しかった

こういう人が人々を笑顔にするんだって
勇気を与えるんだって思った

そこからはずっとるんちゃんに夢中だった

俺も彼女たちに負けないように
俺なりのやり方で人のために動きたいって

もしかしたら
一種の対抗心なんてのも燃やしてたかもしれない

でも、年が経つにつれて
そんな余裕もなくなって

心は擦り切れて
勇気も笑顔も俺は貰うばかりで

いつしか森田ひかるの存在だけが
生きる理由になっていた

お金もなければ時間もない

握手会やライブには1度も行ったことは無かったけど
画面越しでも彼女の姿を見れるだけで幸せだった

アイドルに恋するなんて有り得ないと思ってた

でも、この気持ちには恋以外の言葉は見つからない

もし生まれ変わったら
るんちゃんと恋をしたい

アイドルじゃない彼女を見てみたい

そんな有り得もしないことを願いながら
いつも通りの毎日を送る

だが

そんな生活も突如終わりを告げる

【2027年 櫻坂46 森田ひかる 卒業発表】




○:はぁ…..

るんちゃんの卒業発表から1日経った今でも
現実を受け入れられない

部長:どうした○○、休む暇は無いぞ

○:すみません…..

俺が落ち込んでいようがいまいが
職場で慰めてくれる人なんか居ない

与えられた作業を淡々とこなすだけ

やりがいも何も無い
虚無の時間を過ごすだけだ


時刻が22時を回った辺りで仕事が終わった
朝7時から出勤と考えれば中々にキツいが
慣れというものは恐ろしいもので
いつも通りの時間という感想しか浮かんでこない

○:疲れた…

帰宅するために最寄りの駅に向かって歩きだす

いつもなら真っ先に帰って布団に倒れ込むが
今日はそんな気になれなかった

生きる意味を失ったんだから仕方ない

○:とりあえず喫煙所…

確か駅の喫煙所はこの辺りにあったはずだか
無くなっている

○:ん?なんだあれ…

喫煙所があったであろう場所に何やら
見た事のない店が立ち上がっていた

○:こんな店あったか…?随分と年季も入ってるけど…

時刻は23時を回っていたが
まだ営業しているようだ

○:まさか風俗じゃねえよな…

確認したところ
やましい店じゃないことは確認できた

○:まだ帰る気にはならないし…

嫌なことを忘れたくて
気付けば店内に足を運んでいた

?:いらっしゃあせ〜

○:どうも…

?:初めてのお客さんだ、嬉しいっす!

店内に入ると、中性的な顔立ちをした
歳が近そうな男が1人居た

○:初めて?意外と年季が入ってる感じがしたけど…

?:隠れ家的な感じで良いじゃないすか〜

○:確かにそうかも…

?:本日はどう言った要件で??

○:すみません、この店の事分かんなくて…

?:なるほどっす。でもお客さん、この店を見つけられたってことは···そういう事っす!

○:はい…?

一体何の話をしているのかサッパリだ

?:ずばりお客さん、生きてる意味を無くしちゃってますね?

○:!·····どうして

?:僕、分かっちゃうんすよね〜

○:凄いな

?:それで理由は···好きな人が届かない存在になるって感じ?

○:どうしてそれを…まあ既に届いては無いんですけどね

?:勿体ない…握手会とかライブとか行けたんじゃないすか?

○:こんな情けない人生送ってて、合わせる顔なんて無い

?:そう言いながら、たまにライブ会場まで足を運んでるのはウケるっす笑

○:·····どこまで知ってるんだよ

この男、怪しいを通り越してる
もしかしてストーカー?

?:まあ知ってますよ。お客さんの事ならなんでも

○:·····どうして?

?:突然だけど、天使とか悪魔って存在すると思います?

○:·····いるんじゃねえの?

?:なら話は早い、そういう事っす!

○:はぁ…..?

?:まあ僕はそのどっちでもないんすけどね

○:じゃあ一体お前は何なんだよ

?:難しいんすけど…悪魔以上天使未満って感じっすね

○:中途半端だな

?:まあそうっすね笑

○:…..何となくわかったよ

?:お!良かったっす〜

○:そんで、そんなアンタが俺に何の用だ?傷心中の俺を笑いに来たのか?

?:全くそんなことはないっすよ!?

○:じゃあなんだよ

?:願い…..叶えてあげましょうか?

○:はぁ?

コイツは一体何を言ってるんだ

?:「生きている意味がない」「好きな人が本当に届かない存在になる」でしたっけ?

○:そうだけど…

?:それなら可能っす。お客さんの願い事…逆を言えば「生きる意味が欲しい」そのためにも「好きな人に届く存在になりたい」ってことでOKすか?

○:そうなるけど、無理だろそんなこと…

?:出来ますよ

そう言った男の目は
嘘をついているようには見えなかった

○:…..そこまで言うなら

?:ただし

○:ただし?

?:代償は必ずあります

○:代償か…

?:そりゃあただで願い事を叶えてあげたらバランスが崩壊しますからね笑

○:なるほどな

?:それでもいいなら、叶えられます

一瞬思考を張り巡らす

このまま何も無い日々を送るくらいなら…

○:…..頼む

?:本当に良いんですね…?

○:ああ、どの道俺の人生は死んでいるのと一緒だしな

?:….そうですか

○:まあ例え叶ったとしても、せいぜい顔見知りくらいになれるくらいだろ?今の人生よりは楽しそうだ

?:分かりました…..
それではこれらの書類にサインをお願いします

○:おう

?:念押しですけど…後悔しても戻れませんよ?

○:分かってるよ笑

手渡された数枚の書類にサインをする

○:これでいいか?

?:確認できました…ありがとうございます

○:それで、俺は何をすればいい?

?:今日の所は帰ってお休み下さい

○:分かった…それでお代は幾らだ?

?:大丈夫です、既に頂いてます

契約か何かの一部なんだろうと予想する

○:そっか、じゃあ失礼するよ。サンキューな

?:…..はい!

そう言って俺は店のドアを開けて帰宅し
眠りについた

…….

?:本当に、後悔しないでくださいね。
個人的には凄く面白そうだとは思うっすけど…

そう呟いた男の声は○○には届くことは無かった





長い夢を見ていた

生きる理由がなく、自暴自棄になった俺が
神様に願いを叶えてもらおうとする
何とも愚かな夢

だけど何故だろう
少しだけ懐かしいような気がした

でも今はそんなことは関係ない

今の俺には生きる理由しかないのだから


·····

夢から目が覚めたのは
最愛の彼女の挨拶からだった

ひかる:○○起きて、朝ごはんできたよ

○:あぁ、おはよ、

ひかる:おはよっ…少しうなされてたけど大丈夫?

○:んー、少し変な夢見たからかな?

ひかる:お仕事の溜め込みすぎとか?

○:そうかもな笑

ひかる:そういう時は…はい!

ベッドから起き上がった俺を
ひかるは優しく包み込んでくれた


ひかる:たまには無理せんで私に甘えていいんやけね?

○:ありがと…

ひかる:それに…朝からこうやってハグ出来るんやし///

しばらく抱き合っていると
ひかるが何かを思い出したかのように言葉を発した

ひかる:やば…お魚焦げちゃう…!

そう言ってひかるは足早に台所に戻って行った

半同棲しているとはいえ
ひかるは仕事が忙しいとき以外は
俺の家に泊まって家事を率先してこなしてくれる

何か手伝おうと足を動かすと
急な頭痛が襲ってきた

○:う…またか…

ここ最近同じような痛みを感じる

仕事中やデートの時など場所を問わずに
俺に襲いかかってくる

○:変な病気にでもかかってねえよな…

フラつく視界を安定させるために
1度またベッドに腰をかける

しばらくすると台所から
俺を呼ぶ声が聞こえてきた

ひかる:○○出来たよ〜食べよ

○:分かった、すぐ行くよ〜

まだ安定しない視界を無視し
無理やり立ち上がってリビングへ向かう

ひかる:ささ、冷めないうちに食べて?

○:うん、いただきます

ひかる:…..どう?

○:今日も美味い!

ひかる:良かった…最近調子悪そうやけ、身体にいいもんばっか入れとんよね

○:ごめんな、気ぃつかわせて

ひかる:ううん、これくらいなんてことないけさ

○:ひかるの作った味噌汁が毎日飲みたいなあ

ひかる:ふぇ...///…それって…

○:それって…?

急にひかるが顔を赤く染めたが
理由がよく分からない

ひかる:…..やっぱなんもない

○:そっか笑

ひかる:急にそんな事言われたら期待するやんか((ボソッ…

○:何に期待だよ…笑

ひかる:鈍感な○○には教えませ〜ん

○:おいっ笑

2人で笑いながら食事を終え
身支度を整えていると、また頭痛が襲ってきた

○:う…

ひかる:大丈夫?今日くらい会社休んでもいいんやない?

○:…..ウッソでーす!

ひかる:…..もう知らん!先行くけね!

怒ったひかるは先に仕事に向かって行った


……

○:俺もそろそろ行くか…

この時期に体調を崩すなんて
全くもって勘弁して欲しい

『うわぁ…綺麗…』

もうすぐでひかるが一目惚れした指輪が買えるんだ

仕事を休む暇なんてない

そして、俺には心に決めている事がある

三ヶ月後

桜が舞う暖かな季節に

ひかると出逢ったあの場所で

プロポーズをするって


--続く--
























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