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カイト・ベース インタビュー

2017年にリリースされた音楽作品の中でも、カイト・ベースのデビュー・アルバム『Latent Whispers』は、特にお気に入りの1枚になった。サヴェージズでベースを弾いているエイス・ハッサン(※アーティスト写真では何故かいつも怖そうな顔で写っているが、インタビューで対面した時は本当にチャーミングな女性でした)が、同じくベーシストであるケンドラ・フロストと組んで結成したデュオで、ベースラインやプログラミングのセンスが、とにかく個人的にしっくりくる。それもそのはずで、ケンドラはナイン・インチ・ネイルズをはじめインダストリアル・ミュージックの熱心なファンでもあった。今からでも遅くないので、ぜひ聴いてみてください。


--まず最初に、おふたりはどんなふうにして出会ったのですか? どちらもベーシストであるにもかかわらず、ユニットを組もうと考えたのにはどんな経緯があったのでしょう?

エイス「音楽への愛とベース・ギターへの情熱が、私たちを引き合わせたの。初めて会った時から、いっしょに音楽を作っていくべきだとはっきり感じた。だからユニットを組んだのよ」

--バンド名になっている「凧基地」って何かな?と思ったら、日本人にはおなじみの折り紙からきているんだそうですね。言われてみれば、シンボルマークもアルバム・ジャケットも、"Dadum"のビデオも、みんな折り紙ですが、もともとオリガミが好きだったのでしょうか?

ケンドラ「このプロジェクトのために、何か意味がある名前と認識しやすいロゴを探していて、ふたりでアイデアを出し合っていたら、あるときエイスが素晴らしい折り紙のドキュメンタリーのリンクを送ってきてくれた。その動画によれば、NASAがスペースシャトルのために設計した拡張アームにも折り紙が応用されているんだって。折り紙はまさにアートと科学が絶妙に合わさったもの。そこで、折り紙に関する用語や言い回しで、このプロジェクトの名前になりそうなものはないかなと考えていたら、ベースとなる形と折り方にはそれぞれ名前と関連するイメージがあることを知ったの。"Kite Base"が目に留まったのは、形がとても魅力的だったから。まるでSFの印みたい!って。それに、まずこの形を折ることから何かクリエイティブなことが始まる、つまり様々なイマジネーションの拠り所となるってことを象徴しているというアイデアもすごく気に入ったし。それは、これから私たちがこのプロジェクトを通して挑戦しようとしていることにぴったりだった。私たちは美しくて、風通しのいい自由なイメージを抱いていたからね。でも折り紙にちなんだ名前のバンドをやっているのに、それが折れないなんて、ちょっと偽善的すぎるんじゃないかと思って、いろいろ調べてツルを折れるように練習したの。折り紙の達人にはなれそうにないけれど、ひとつだけ得意なことがあって、それはとても小さい紙を折ること。もともと刺繍みたいな細かい作業が好きで、だから小さなツルを作ったわ! 証拠として、インスタグラムに何枚か画像を投稿してあるの」

--ソングライティングのプロセスについて教えてください。プログラミングとベースライン、どちらが先にくることが多いですか?

エイス「プロセスは曲によって異なっていて、ベースラインがクリエイティブなプロセスにつながる時もあれば、メロディやドラムビートから発展していく場合もある。常に新しいことを取り入れられるように扉を開いておくように心がけているの。チャンスとなる要素をプロセスに取り入れて、常に自分たちが成長できるようにして、最初に抱いたイメージとは違う新たな面も見つけられるように展開していくこと。これは私たちが2本のベースでバンドを組んでいる点についても言える。ベース2本で音楽を作るという試みは今までとは違う考え方や新たな可能性に結びついていくから」

--2本のベースの絡みに加えて、ヴォーカル・ハーモニーも非常にいいと感じました。曲を完成させていく上で最も重要視するポイントはなんでしょうか?

ケンドラ「私が重要視しているのは、サウンドの繋がり/ムード/歌詞のコンセプト、この3つを突き詰めていくこと。なぜならヴィジュアルとサウンドはとても近い存在だと感じているから。言葉や歌詞を通してメッセージを伝えるアーティストもいるけれど、私の場合はリスナーの心に留まって、その曲が自分にとってどんな意味があるのだろうと想像したくなるような音楽を作りたい。音楽を味わうことは、詩を読むことに似ているから、同じように、音楽もクリエイティヴィティを高めれば、物事に隠れている人生や色味を見せてくれるはず」

--どのようなことから歌詞を思いつきますか? 『Latent Whispers』というアルバム・タイトルはどんなふうにしてつけたのでしょう?

ケンドラ「私の歌詞はすべて何かを反映していて、実際に遭遇した出来事か何かに対する反応が元になっている。私にとって曲作りには、いつもきっかけとなることが潜んでいて、まずはコンセプトありき。『Latent Whispers』というタイトルは、バンドを結成した時のプロセスと、根本的な直感に従って潜在意識を信じることを表現している。バンド構成が一般的ではないから、私たちには明確なお手本になるものがない。だからベース2本でうまくいく方法や、めちゃくちゃにならずにエレクトロニック・サウンドとどう合わせていくかということをゼロから模索していく必要があった。だから直感と判断力の両方を信じている。片方のベースが低音を演奏したら、もう片方が高音を演奏して。もし、せわしないエレクトロニック・サウンドのセクションがあれば、その隙間を縫うようにベースを弾くか、ドローンかコードを演奏する必要があるし。潜在意識が私たち自身にメッセージを送ってきて、どうすればいいか教えてくれているみたい。なぜなのかはわからないけれど、私たちは初めから直感的にどうすればいいのかわかってた。隠れているけど見えていて、でも完全には感じることができないささやき声ーーそのささやき声が発するメッセージを、いつでも明確に受け取ることはとても難しい。メッセージが潜在意識から意識の領域へ絡まり合いながら移動しているようにも感じる。だから目が覚めた時に歌詞が思い浮かんだら、たとえそれが意味をなさなくても、とりあえず書き留めておいて、後で少し修正を加えながら、あらかじめ作ってあったリズムに合わせてみるの」

--フィールド・レコーディングを創作に取り入れているとのことですが、これにはどういった理由があるのでしょうか?

エイス「フィールド・レコーディングは、ライヴ・セットに現実世界の感覚を取り入れて、私たちの音楽と演奏している場所をつなげる作用がある。ツアー中には、その地域や都市の音を録音してセットに組み入れていて、これはテクスチャのためだけど、もっと大きな理由は私たちが演奏を行う場所に尊敬の念を持っているから。周りの世界との結びつきを遮断しないことはとても大切ね。サヴェージズの活動で日本に行った時も、都会の喧騒を録音したことがある。録音した音を聞き返してみたら、人々の生き生きとした音がとても美しかった」

--エイスはサヴェージズとの掛け持ちになりますが、ふたつのバンドで意識の切り替えなどはしていますか? たとえば、ふと思いついたベースラインをどちらで使おうか考えたりとかいうようなことはあるのでしょうか?

エイス「それぞれのプロジェクトにおける曲作りのプロセスは全く異なってる。バンドの構成と人数が違うからね。サヴェージズは4人で、ドラマーとギタリストがいるのに対して、カイト・ベースはふたりで、アナログのドラム・マシーンを使っていてギタリストはなし。ドラム・マシーンを使うと演奏の仕方が異なってきて、たとえばテンポがずれたりしない。人間のドラムだと合わせたり調節したりができるけど、機械相手となるとこちらがズレるわけにはいかないでしょう。似てるサウンドもあるかもしれないけれど、完全に同じではない。ふたつのプロジェクトには、それぞれ明確なアイデンティティがあると感じてる。そのどちらにも強い繋がりがあるけれど、それぞれ異なる方法で異なる強さがあるのよ」

--では、おふたりのベーシストとしてのルーツは、どんなミュージシャンや音楽作品なのかを教えてください。

エイス「クイーンのジョン・ディーコンと、後年のレミー(・キルミスター)の演奏を夢中になって観ていたことを今でも覚えてる。あと、クリス・ノヴォゼリッチがニルヴァーナのミュージック・ビデオで演奏するのを友だちの家で観るのも大好きだった。彼女の家ではケーブル・テレビを契約していて、ミュージックビデオのチャンネルが観られたから。あと、自分だけの音楽の道を切り開いて、自分を含め、様々なことに対して常に挑戦をやめようとしないミュージシャンに影響を受けているの」

ケンドラ「数年前、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのベーシスト=デビー・グッギに会う機会があって、すごく嬉しかった。彼女は、私が最もリスペクトしているベーシストで、とても中身の濃いパフォーマンスをする。彼女たちの生演奏を観たことも何度かあるけど、とても感激したわ。サウンドは限りなく素晴らしくて、ライヴでもレコードでも同じくらい格別で。鍵となっているのは、人々が無意識のうちに身体を動かしてしまうようなベースを弾くことで、デビーはその名手なんだと思う」

--2016年に、ナイン・インチ・ネイルズ"Something I Can Never Have"のカバーを公開しましたが、どうしてあの曲を取り上げようと考えたのですか? トレント・レズナー本人も絶賛していましたが、どんな気持ちでした?

エイス「あれは本当に特別な瞬間だった。別の方法で試みた"Something I Can Never Have"をトレントが喜んでくれるなんて、本当に嬉しい。私たちにとっては忘れがたい出来事ね」

ケンドラ「この曲は、ナイン・インチ・ネイルズの曲の中でも大好きなもののひとつ。とても素直で飾らない曲ね。そして、自分が尊敬している人物からそのような賞賛をもらえるなんて……もう……なんて言ったらいいかわからない。ものすごく励まされたし、本当に感謝してる」

--アルバム・ヴァージョンの"Soothe"を聞くと、リズム・パターンが、NINの"Head Like a Hole"を思い起こさせます。ケンドラは「SONG FOR EWE」という企画記事で、ピッグフェイスの"Chickasaw"をあげていましたし、やはりインダストリアル・ロック方面はかなり熱心に聞いてきたのではないかと思うのですが、そうした音楽の魅力とは?

エイス「このジャンルの音楽が持つ姿勢や緊迫感、集中力や気風にとても惹かれる。曲を作っていく過程や、使用する楽器によって、このような独特な世界観を作り上げているのよね。自分の聴きたい音楽や、表現として使いたいサウンドを作る過程において、恐れを抱いていないというか」

ケンドラ「私は、インダストリアル・ミュージックと言われるものはなんでも好き。王道すぎる言い方で申し訳ないけど、スロッビング・グリッスルのやり方が翻訳されて海の向こうまで届き、私の大好きなたくさんのアーティストたちにも影響を与えている。ムーヴメントやサブカルチャーとして、たくさんのアーティストやジャンルに大きな影響をもたらしているのに、未だアンダーグラウンドな状態を維持できているなんて、すごくパンクだと思う」

--他の記事では、ケンドラの発言に、ホリー・ハーダン、デリア・ダービーシャー、それから、フィル・ウィンター(Wrangler)、グイド・ゼン(Vactrol Park)といった名前が出てきたのも見ましたが、みんなベーシストではなく、エレクトロニック・ミュージック関連のアーティストですね。もっと一般的な、たとえばクラフトワークみたいなオリジネーターや、近年のテクノ・アーティストなども聞き親しんでいるのでしょうか? 特にこの周辺のジャンルで、あなたたちにとって重要な作品やアーティストをあげるとしたら?

エイス「私個人としては、周囲のあらゆるものから影響を受けている。それは音楽に限らなくて、どちらかというとレコーディング中には他の音楽を聞かないようにさえしているの。そうすれば、自分がやろうとしている試みに集中できるでしょ。インスピレーションはどこからでも湧いてくるもの。近所に住む人たちとの会話、ドキュメンタリー、ニュース……なんでもね! それらに対する考えや感情を解釈して音楽を作っていくわけ。最近好んで聴いてるのは、インガ・コープランド、Blood Sport、ヴィンス・ステイプルズなどの、音楽を作ったり、リリースしたりする上で自分の進む道が明確なアーティスト。全員が素晴らしいミュージシャンよ」

ケンドラ「フィルは知る人ぞ知る最高にファンキーなベーシストなの! ベースはどのパートよりも人を引き寄せる力があると思う(笑)! エイスが言ったことの繰り返しになるけど、原動力を満たすために、自分が突き詰めていくジャンルを外側から見つめることは必要不可欠だと感じてる。学生の頃は写真を専攻していて、ルイス・バルツとベルント&ヒラ・ベッヒャーには、曲作りにおいてお気に入りのバンドと同じくらい影響を受けた。文学では、フランク・ハーバートの『デューン』あたりの小説には、音楽に対する私の疑問にたくさん答えをもらったわ!」

--今後カイト・ベースとして、誰か共作/共演してみたいミュージシャンなどはいますか?

エイス「私たちは《すべてのことに思いを馳せる》という気風を大切にしている。たとえ一般的ではなく、奇抜なことであってもね。だからぜひ全く違うジャンルの音楽をやっている人とコラボレートしてみたい。ミッシー・エリオットとか、ヴィンス・ステイプルズとか。彼らは怖いものなしで、音楽の限界を広げることに真剣に向き合っている。ミッシーの奏でるウルトラヴォックスみたいなビートが大好き。異なるジャンルが融合していくのが好きで、常に何か新しい試みに挑戦していきたいし、それが一体どうなるのか見てみたいの。あとは、デペッシュ・モードのマーティン・ゴアのような人とコラボレートできたら素晴らしいだろうし、もしギルレモ・デル・トロ監督が私たちのミュージックビデオを手掛けてくれたら夢のようね。彼の映画を観ると、子どもの頃どのように世界を捉えていたかを思い出させてくれる。シュールレアリスティックで怖いけれど、息をのむほど創作意欲を刺激される、美しい作品ね。あとは亡くなってしまった偉大な人たち……ポーリン・オリヴェロス、ロバート・パーマー、プリンス、ジャン=ジャック・ペリー、フレディ・マーキュリー、レミー・キルミスター、デイヴィッド・ボウイ、マイケル・ジャクソンとかも、もし話ができて、いっしょの時間を過ごせたら、どんなに光栄だろう?とか空想したりして」

ケンドラ「1999年に『The Fragile』を初めて聴いて以来、どんな形でもいいからトレント・レズナーと何か取り組んでみたいと思ってる。このアルバムは、音楽を作ることを夢見てきた私の方向性をがらりと変えてしまった。私にとって、それは本当に大きな出来事で、ポジティヴな影響を与えてくれた。なぜならそれをきっかけに、エレクトロニック・サウンドで表現してみようと思うようになったし、全く未知のことについて興味を持つようにもなったから。小さい頃はコンピュータにある種の恐怖を抱いていたのに、たちまち魅力的に見えるようになったし。それこそが、今のカイト・ベースが扱うサウンドに引き合わせてくれたようなものね。いつか彼といっしょに何かできたらいいな」

--今後の活動計画を教えてください。日本でも、あなたがたのライヴを観られるチャンスは来るでしょうか?

エイス「すぐにでも日本で演奏できればいいなって思ってる。私は日本が大好きだし、いつ行っても楽しめる。ぜひカイト・ベースとして、フジロックやサマーソニック、ホステス・クラブ・オールナイターで演奏したいし、きっと他にもたくさん素敵なイベントやフェスがあると思うから、参加してみたいな」

ケンドラ「もちろん日本には行きたいと思ってる。できるだけ早く飛んでいけるように、折り紙に願いを込めたの。今回のアルバムが日本でリリースされるのは本当に嬉しいし、日本でライヴができる機会があればとても素晴らしいわ!」

--ライヴでは、エレクトロニック・サウンドを鳴らしながら、ふたりでベースを弾いて歌うというスタイルのようですが、コンピュータとの同期で生演奏をするにあたって、どのようなことに特に気を使っていますか?

ケンドラ「私たちのライヴ・セットはベースが2本、ペダル、ヴォーカル、サンプラー、エフェクター、それにコンピューター学者のチューリング氏にちなんで《アラン》と名付けたDSIテンペスト。このセットの中で最も優先すべき核となるのは、コミュニケーションだと思っているから、パフォーマンス中は歌を届けることに最も集中してる。もちろん、すべての側面を分け隔てなく気にかけてはいて、もしもう2本腕が生えてたら、ベースを弾きながら、テンペストのモデレーションをライヴで操作できるんだけどなあ。だって、アランはとっても有能なモンスター・マシーンだから!」

--これは個人的な興味で聞く質問なのですが、ホアン・アルデレッテという、マーズ・ヴォルタやDr.オクタゴンで弾いているベーシストのソロ・プロジェクト=ビッグ・サーのアルバムを聴いたことがありますか? ベーシストが打ち込みを駆使して「歌」重視で曲を書いた作品という点で共通性を感じたので。

エイス「もちろんマーズ・ヴォルタはよく知ってる。小さい頃からマーズ・ヴォルタのショーをたくさん観て大きくなったようなものだから。いつも圧倒されるし、ホアンも最高。ビッグ・サーはまだ聴いたことがないから、ぜひ試聴してみないとね。近しい友人たちが何人も私に勧めてくれてるし、今夜聴いてみる」

--では最後の質問。2014年のサヴェージズ来日時、エイスにインタビューしたのですが、その時は「個人の探検」に興味があって、エベレスト登山についての本を読んでいるという話をしてくれましたね。その後に公開された映画『エベレスト 3D』はご覧になりましたか?

エイス「ええ、観たわ。私はエベレストに関するドキュメンタリーや映画はほとんどすべて観てるし、すごくたくさんあるのよ! 苛酷な環境と人間の限界に魅力を感じていて、探検に惹き寄せられた人間が何故このような苛酷な環境へ挑戦するのかを理解しようとしてるんだけど、おそらく精神的にも肉体的にもその人を破壊してしまうのかもしれない。エベレストはとても興味深い場所で、世界にはもっと技術的に難しい山がたくさんあるのに、多くの人は世界でいちばん高いエベレストに挑戦したくなってしまう。その苛酷な環境がいかに人間を圧倒するかにとても興味がある。エベレスト(特にデス・ゾーン)に挑むことは人間の思考や肉体、精神に多大な影響を与えるの」


他では読めないような、音楽の記事を目指します。