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ソノイオ 『ブルー』/『レッド』

 最新作にして最後のアルバムとなる『ファイン』のリリースを記念して、前作にあたる2枚のアルバムに寄せたライナーノーツを、ここに掲載することにしました(執筆したのは2014年の8月)。まだ聴いていないという人はもちろん、データや輸入盤で購入したので、ライナーなんて見てないよという人は、ぜひ読んでみてください。


『ブルー』

 アレッサンドロ・コルティーニは、イタリア北部の都市ボローニャとアドリア海の間に位置するフォルリという町で、医師の息子として生まれ育った。子供の頃は、日本製のアニメや特撮番組をたっぷりと見て育ち(お気に入りは『無敵鋼人ダイターン3』や『闘士ゴーディアン』、『メガロマン』に『恐竜大戦争アイゼンボーグ』だというから、かなりマニアックだ)、やがてロック・ミュージックに夢中になる。当初はヘヴィ・メタル/ハード・ロックにハマり、ポール・ギルバートに憧れてロサンゼルスのミュージシャンズ・インスティテュートに入学。同校にて、より多くの音楽に触れた彼は、次第にギターの早弾きよりも、シンセサイザー/コンピューターを使ったソングライティングへと興味の主体を移していった。
 やがて、アレッサンドロの人生における一大転機が訪れる。言うまでもなく、ナイン・インチ・ネイルズへの加入だ。オーディションで、トレント・レズナーは採用を即決したという。その目に狂いは無く、2005年から開始されたNINのツアーにおいて、鍵盤類をメインにギター/ベース/バック・ヴォーカルをこなすなど実力をいかんなく発揮したアレッサンドロは、NINのアルバム『ゴースツ I - IV』のレコーディングにも参加を果たすなど、その存在をファンに印象づけた。
 並行して、NIN加入以前からMI時代の学友ペレ・ヒルシュトロームと始めたモッドウィールムードというユニットでの活動を本格化させたアレッサンドロは、2003年に制作したデビューEP『』に続く2枚目のEP『Enemies & Immigrants』を2006年、さらに『Pearls to Pigs』と題された3連作のEPを2007年から2008年にかけて発表。それらの作品は、彼が優秀なソングライターでもあることを証明してみせた。
 そして2008年にNINを離脱(※ご存知の通り、現在では再び復帰している)、いよいよモッドウィールムードに集中するのかと思いきや、結局そちらは西海岸ツアーと『Pearls to Pigs』シリーズ3枚をまとめたアルバムのリリースだけに留まり、アレッサンドロは唐突にソノイオという名義のソロ・プロジェクトをスタートさせる。2010年2月27日に筆者が受け取ったメールには、こんな風に書かれていた。
「モッドウィールムードはしばらくお休みすることになったんだ……説明するね。僕はBuchlaエレクトリック・ミュージック・ボックスを使って新曲を書き始め、フル・アルバムを完成させた。ギターを使ってないこともあって、モッドウィールムードよりもちょっと剥き出しな感じのサウンドに聴こえるよ。で、それをソノイオ(イタリア語で" It's me "という意味だ)という別名儀で発表することに決めた。モッドウィールムードは辞めちゃうわけじゃなくて、もっとライヴ感のある方向性に進んでいくことになると思う」
 さらに、2014年2月のNIN来日時に対面した際には、以下のように話している。
「NINを辞めた直後は、まだ自分が何をやりたいのか分かってない感じで、他のバンドから一緒にツアーをしないかと誘いを受けたりもしたんだけど、次のステップとして何をすべきか考える時間が必要だった。やがて、当初はモッドウィールムード用のつもりだった新曲をブクラで作ってるうちに、もうバンドと一緒にやらなくても自立した曲になるように思えてきたんだ。すごくエレクトロニックな作品になりそうというか、ギターとかがなくてもいいんじゃないかとね。もう他の人間とは一緒にやりたくないっていうわけじゃないんだよ。モッドウィールムードは、ツアーの後もっとバンドになっていて、僕はメンバーのことをリスペクトしているから、もし彼らとレコードを作るのなら、事前に自分ひとりで完成させてしまった曲を彼らに渡して細かく指示するような方法はとりたくなかった。僕が基本のアイデアを持ち込んで、ふたりの意見を聞きながら作っていくのはありだけど、その時に作っていた曲は何か違うものに感じられたんだよね」
 NINが"ハンド・ザット・フィーズ"という曲のビデオを撮影した時に出会った、Buchlaというモジュラー・シンセサイザーに魅了されたアレッサンドロは、魔法の箱に触れたことで湧き出るイマジネーションを止めることができないかのように、アルバム2枚分の楽曲を作り出してしまったのだ。ここでも彼のセンスは大いに冴えわたり、様々な電子サウンドを、自身のファルセット・ヴォーカルと叙情的なメロディに合わせ、キャッチーなポップ・ソングへと見事に組み上げてみせている。
 そうして出来上がった本作『ブルー』と、もう1枚の『レッド』は、それぞれ2010年9月/2011年6月にリリースされた。デジタル版はiTunesやAmazonでも取り扱われたが(※『ブルー』はセルフタイトルになっている)、フィジカルのCDやTシャツ、SuONOIOと名付けられたオリジナル・シンセなどは公式サイトを通じての販売に限られていたので、今回こうして遅ればせながら日本でのCD流通が実現したことは感慨深い。これを機にソノイオの存在を、熱心なNINファンだけでなく、より多くのリスナーにも知ってもらう機会にしていけたら幸いだ。


『レッド』

 ナイン・インチ・ネイルズは、2013年のフジロック・フェスティバルでヘッドライナーを務め、悪天候の中、斬新なステージ演出によって見た者に強烈な印象を残す、まさに伝説的なパフォーマンスを行なった。そして翌年2月には単独再来日公演が実現、その際に筆者はメンバーのアレッサンドロ・コルティーニに対面する機会を得た。2008年に一度NINを離れたアレッサンドロだが、その後のNIN活動休止を経て2013年に再始動した時からバンドに復帰すると、5人→8人→4人とレッグごとに人数からして大きく体制が変わる激動のツアーを通じ、もはやライヴにおける最重要メンバーとなっている印象を受けた。
 彼の滞在しているホテルの部屋に通してもらうと、前日か前々日に提供されたというローランドのTB-3とTR-8が、すでに自らの所有するTB-303(デヴィルフィッシュという改造を施したもの)とTR-606、そしてMacBook Proに接続されてテーブル上に展開しており、請われるまでもなく彼は、ひとしきり最新の機材について講釈してくれる。その姿を見ているうちに、"天然の天才"というイメージがますます強くなった。ちなみに余談だが、ホテルの部屋に備え付けられたコーヒーメーカーをいたく気に入った彼は「このマシーンがある限り僕は永久にエスプレッソを飲み続ける」と言っていて、その後どうやって入手したのか、それを自宅に持ち帰っている。
 さておき、そこでアレッサンドロは、個人名義による新作(『SONNO』というタイトルでホスピタルというレーベルから7月にリリース)や、2013年にインポータント・レコーズより第1弾と第2弾が発売された『FORSE』というインストルメンタル・アルバムの第3弾に加え、ソノイオとしての新しい作品も年内には出すつもりだと教えてくれた。そこで、それを日本でもう少し大きく展開できないか相談しているうちに、まずはソノイオが過去に出した2枚のアルバム『ブルー』と『レッド』のCDを国内で流通させようということで話がまとまった。
 こうして今回、日本でリリースされることになった2タイトルだが、すでにiTunesやAmazonでデジタル・ファイル版を入手している人もいるだろうし、特に熱心なファンならば公式サイトから直接購入する形で、CD盤も入手しているかもしれない。それでも、これまでずっと国内では入手し難かったアルバムを、手にとれる形で日本のリスナーに紹介する機会を作れたことは意義深いことだと考えている。まずはこれを足がかりとして、近い将来に登場してくるであろうソノイオのサード・アルバム(※2018年7月にリリースされた)への注目度を少しでも高められれば嬉しい。
 『ブルー』と『レッド』を作り上げた状況について、アレッサンドロは以下のように話している。
「古典的なタイプのシンセサイザーを使った曲作りは、僕にとって非常に新鮮な経験だった。以前までのスタジオでは、たとえばドラムの音がほしければドラム・マシーンを使うし、ベースの音がほしければ本物のベースを使ってもよかったわけだけど、ここでは徹底的にひとつのモジュラー・シンセサイザーを使うことにした。キック、スネア、ハイハット、ベース……と、あらゆる要素を1台の機材でやろうとすると、いろいろと制限が出てくる。一度に鳴らせる音の数とか、使えるサウンドとかね。そうやって作ると、ある特徴が出てくるんだ。すべてがひとつのマシーンから生まれるわけだからさ。Buchlaで作ったキックの音は、TR-808のキックとはまったくの別物で、曲作りの段階から新しいものが出来る感触があって、すごく楽しかったよ。そして、このライティング・セッションから『ブルー』と『レッド』が生まれたんだ。ちょうどバークレー・ミュージック・カレッジのオンライン講座で《イントロ・トゥ・ダイレクト・トゥ・ファン・マーケティング》というクラスを受講していたから、まず『ブルー』を完成させて、それを自分でリリースしようと決めた。そして『レッド』を出した後、レディトロンが一緒にツアーしようと誘ってくれたんだけど、まさに理想的なシチュエーションだったね。全米を周る1ヵ月くらいのツアーで、すごく楽しかったよ」
 コンピューターでありとあらゆる音が作れるようになった現在、あえてアナログ・シンセのみを使って作り上げられた本作の音楽は、そうした限定的な条件が必然だった数十年前のエレクトロニック・ポップと似ているようでいながら、また少し違う独特の響きを感じさせるところが非常に面白い。希有な才能の持ち主であるアレッサンドロ・コルティーニが作り上げた珠玉の電子ノイズ・ポップを、シンセサイザー・ミュージック愛好者にはもちろん、刺激的なポップ・ソングを求めているリスナーにも気に入ってもらえることを期待している。
 なお『ブルー』『レッド』ともに『NON』というタイトルのリミックス・アルバムも制作され、これはデジタル版のみで発表されている。前者にはビッグ・ブラック・デルタやレディトロン、後者にはテレフォン・テル・アヴィヴ、アラン・ワイルダー、エリック・エイヴァリーといった面々が参加している。興味を引かれた方は、ぜひチェックしてみてほしい。


2014年8月


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