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宇宙人との交流

美容室に行きたくない。何よりも美容師との会話が苦手だ。
美容師にとっては客との会話も仕事だろうから、その時間だけ当たり障りのない会話をすればよいのは分かっている。でも私は、自分の関心が持てることだけ話していたいし、プライベートなことは話したくない。
大変に我儘で社交性が無いのだ。だから美容室に行きたくない。

でも手入れはしたい。流行りのカラーや髪形でなくても、手入れの行き届いた髪はすごく気持ちがいい。気分がすっきりする。丁寧にシャンプーしてもらうのも最高だ。
スーパーで「レジ袋は不要です」と言うように、美容院で「必要以上の会話は不要です」と言いたい。無口を売りにする美容師がいるなら、そこに行きたい。

先日行った美容室は初めてのところで、田舎において都会の洗練さを売りにしているお店だった。東京で流行っているスタイルをいち早く田舎に導入しているらしい。
会話をしているうちに、周辺の方言を話せないことに気づかれ、ここに住む理由を聞かれた。

「仕事の都合です」と答えると、美容師は「あぁ、旦那さんの仕事か~」と続けた。夫の転勤について来たと思ったのだろう。
その「あぁ」の言い方には、落胆のような軽蔑の色があり、家庭を持ちながら働く人のプライドがそう言わせているように感じた。実際は違ったかもしれないけどそう感じた。

でも違うのだ。仕事は「私の」仕事の都合である。それに夫は合わせてくれている。もっというと、うちの夫は(ほぼ)主夫なのだ。私の家庭はあなたの想像した姿をしていない。
たとえ私が夫の仕事に合わせてこの土地に来たとしても、あなたに「あぁ」なんて言われる筋合いはない。

めんどくさくなって私はその美容師の発言を否定しなかった。
髪を切り終わってしまうと、私はその出来に満足し、また来ようと思った。しかし髪が伸びた今、思い出されるのはあの「あぁ」ばかりでもう行く気にはなれない。

その前にしばらく通った美容室では、私がそこに来ている間の夫の行動について毎回問われた。そんなこと知らない。帰って聞いてみなければ私にもわからない。
「夫さんを放って美容室にきても許されるんですね」と言われたこともある。帰り際、「これから帰って夫さんに夕飯を作るんですか?」とも。
「いいえ、夫が作って待っていると思います」と聞かれるたびに答えた。この人が言う夫さんってペットのことじゃないのか?と思いながら。

全く異なる当たり前を有し、それと異なる当たり前に想像が及ばない人と話す共通言語を私は持たない。

異なる星に生まれた宇宙人だと思って交流を諦めている。

たまにそういう場面で、相手にとっての新たな価値観や考え方を真面目に説明する人を見ると、なんて誠実なのだろうと思う。尊敬する。目の前の人にちゃんと向き合うのは大変なエネルギーのいることだ。場合によっては逆に説教をされたり、嫌味を言われたり、馬鹿にされたりするのに。相手への愛情がないと出来ない。

私は我儘で社交性が無いうえに宇宙人への愛や誠実さに欠けている。

夫が通う理髪店の理髪師は相当無口らしい。一言二言会話すれば済むそうだ。次は理髪店に行こうかと本気で考えている。問題は予約システムのない理髪店の待ち時間に、物珍しさから他の客に話しかけられる可能性が高いことである。


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