【バトル】夜明けの覚醒


病弱で気の弱い少年がいた。
彼は学校でいじめられており、いつも殴られてばかりいた。
いじめられっ子にびくびく怯えながら生きるのが、悔しくて悔しくて仕方がなかった。

ある夜、少年はその生活に嫌気がさし、自殺しようとする。

ビルの頂上から、眼をつぶって彼は飛び降りた。

だが、その落ちている最中、うっかり眼を開けてしまう。

「ひっ!?」

落ちていく風景があまりに恐ろしくて、少年は思わず悲鳴をあげた。
その悲鳴は、本能だった。

「いや!いやだ!!怖い!!まだ死にたくない!!」

そう叫んだ瞬間、あり得ないことが起きた。

彼は、落ちなかったのだ。

地面につくすれすれで、身体が浮かんでいた。

何が起きたのか、少年には分からなかった。

そして、不思議なことに、その経験をきっかけに、少年は超能力を手に入れてしまったのだ。

鉄パイプすら容易く折る、強力なサイコキネシス。

そうした不思議な力は、一種の火事場の馬鹿力だったかも知れない。
身体が二度と恐怖に怯えぬよう、潜在能力が目覚めたのだと少年は結論付けた。

「ボクは誰よりも強くなったんだ!」

その力を得て、彼はいじめっ子に殴られても、反撃できるようになった。

そうして、いじめられることはなくなった。

その後、少年はその力を使ってヒーローを始めた。

かつての自分と同じように、いじめられていたり、強い者から不当な扱いを受けている者をよく助けに行った。

少年は楽しくて仕方がなかった。

そして、同時期に彼女もできた。

彼女を抱えて夜の空を飛び、雲を超えて星を見た時、彼は人生で最高の瞬間だと心から思った。

そんなある日、少年以外にも超能力を持った者が現れた。

なんとそれは、かつて少年をいじめていた者の一人で、彼はその力を街の破壊に使っていた。

少年はいじめっ子を止めるために戦った。

力は拮抗しており、互角の戦いが繰り広げられた。
しかし、運悪く少年の彼女が戦場の近くにいたため、少年は彼女を守るようにして戦うことを余儀なくされた。

少年は死ぬ寸前まで追い詰められたが、向こうも大きなダメージを負っていたため、ひとまずとどめは刺されずにすんだ。

いじめっ子が去り際に、捨て台詞を吐く。

「次は絶対、お前ら二人とも殺してやる!」

少年は、あまりの恐ろしさに震えていた。

「彼女を守らなきゃ!」

その日以来、少年は彼女のそばに毎日いるようになった。
空を飛びながら、彼女の家の周りを巡回する。

いつ襲われるか分からないという恐怖のせいで、片時も離れなれなかった。

それが、彼には重荷だった。

さらに、少年は心のどこかで、いじめっ子には敵わないと思っていた。
それは、いじめられていたせいで、無意識の内に自分の中で順列をつけてしまっていたからだった。

毎日毎日、一睡もせず彼女の様子を見守っていて、神経もすり減ってきた。

そして、とある夜。

彼のストレスがピークに達した時、ふとこんなことを思った。


……彼女がいなくなってしまえば、ボクはこんなに怯えなくて済むのに……


彼女の家に、少年はこっそりと侵入した。

そして、寝ている彼女の首に手を置いた。

「…………」

しばらくそのままの状態で、少年は固まっていた。

すると、首元に違和感を覚えた彼女が目を覚ましてしまった。

「!」

首から手を離し、後退りする。

だが、彼女は首を絞められそうになっていたことには気づいておらず、上半身を起こし、眠そうに眼をこすりながら、少年を見つめながら尋ねた。

「どうしたの……?もしかして、あいつ(いじめっ子)が来たの?」

「う、ううん!そうじゃなくて……ただ……」

「ただ?」

「…………」

彼はそのままうつむいて、押し黙ってしまった。

(ボクは……なんてことをしようとしてたんだ!彼女を殺そうなんて!!ボクは!!ボクは!!)

自責の念にかられて、彼は思わず涙を流す。

そんな彼の様子をさすがに変だと思った彼女は、少年へ近づき、抱き締めた。

そして、少年へこう告げた。

「いつもごめんね、私のことでいっぱい心配かけちゃって。私もあなたと同じように強かったら、心配かけずに済むのに」

「…………」

「でも、安心して?もし私があいつに殺されちゃっても、あなたのせいじゃないよ。それはただ、私があいつより弱くて殺されちゃっただけだから」

「…………」

少年は、彼女の顔を見つめる。
そして、震える声で尋ねた。

「ボクは……ボクは絶対、君を……」

「うん、わかってる。もちろん、守ってくれるって信じてるよ?でも、もし守れなくても、大丈夫だから。それでも構わない」

「なんで……なんでそんなこと……」

「あなたが私のために戦ってくれた事実を知ってるから。それだけでいいの」

「………………」

「死ぬ時は、胸を張って死ぬ。そう決めてるから」

彼女は、少年へ笑いかけた。

その時だった。

遠くで爆発音が聞こえてきた。
おそらく、あのいじめっ子がまた街で暴れているに違いない。

少年は彼女に別れを告げ、颯爽と現場に向かった。

案の定、いじめっ子がまた街を破壊していた。

いじめっ子は少年を見るや否や、にやりと笑って告げた。

「今日はあのブスなガールフレンドは不在か?居場所をつきとめて、今度こそ二人もろとも殺してやろうかと思ってたんだがな」

「…………」

挑発してくる彼の言葉を、少年は静かな心持ちで聞き流していた。

そして彼の口は、無意識の内にこう呟いていた。

「お前じゃ、彼女は殺せない」

「なに?」

少年の頭の中に、彼女の言葉が反芻した。


『死ぬ時は、胸を張って死ぬ。そう決めてるから』


「あの子はお前よりも、そしてボクよりも強い」

「へっ何を言い出すかと思えば」

もちろんいじめっ子は、少年の言葉には聞く耳を持たなかった。

結局、彼らはその場で戦い始めた。

しかし、今回の戦いは、少年の方が圧倒的に強かった。
いじめっ子をぐいぐいと追い詰めていく。

「なんだ!?なんで、お前そんなに強いんだよ!!」

いじめっ子が叫ぶ。
少年は、前に戦った時より、なぜ自分が優勢なのか、そのおおよそを理解していた。

いじめられていた経験から、いじめっ子のことを自分より上の存在だという刷り込みがあったのを、理解したのだ。

だが、今はもうそんな気持ちはない。

だから自分の実力をそのまま発揮できたのだ。

「ちくしょう!ふざけんなぁ!!」

いじめっ子は断末魔をあげながら、ついに倒された。

少年は、昇ってくる朝日を見つめて、優しく笑った。

「ボク……やっと強くなれたよ」

終わり