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眼底に潜む 老いと病・3~片目で5万円の眼球注射~

がんサバイバーが視力を取り戻す闘病記。
抗がん剤の治療中に、1型糖尿病による合併症の網膜症、黄斑浮腫を発症。

2020年12月、子宮体がん治療に続いて今度は眼の治療で仕事を休むことになってしまいました。眼が見えなければパソコンを使って原稿を書く今の仕事は出来ません。
眼球に注射を打つとしばらくボンヤリとしか見えなくなるというので、私はまず職場の上司にメールで現状を伝えてから電話をかけました。自分でも整理できていないことを、電話で説明するのは難しいと考えたからです。
今はスマートフォンの音声入力でほぼ正確に文章が作成できるのであとから細かい修正をするだけで済みます。

職場への報告メール
あす、あさっての2日間、眼の治療で急にお休みさせていただきます。
念のため、がんの転移ではありません。急に視力が低下したので眼底検査を受けたら黄斑浮腫と診断されました。眼底の凹地であるべき組織が腫れて盛り上がって視力に影響しているそうです。わたしは先天性の1型糖尿病なので合併症と思われます。抗がん剤の影響もあるかも知れません。眼球に直接注射するので一回の治療に2日間必要です。
最初は単なる老眼かと思いましたが、検査で網膜の毛細血管から出血した形跡もあり、白内障もあり驚きました。今後1つずつ治療していきます。

職場の上司はしばらく絶句していました。
子宮体がん手術の次は、視力を失うかもしれないという状況に、
「がんばってというのが適当なのかわからないけれど、とにかく乗り越えてまた復活して 必ずカムバックして。 待ってるから」
と力を込めて励ましてくれました。 

みんなの希望なんだよ…
必ず戻ってこいと言う言葉の意味は、私も十分わかっていました。
3年前の6月、私の同僚は突然入院したきり戻ってこなかったから。

もう一度バイク乗りたい。
いろんなものをしっかりこの目で見たい。
色々なことを諦めるにはまだ早い。
私は見えにくくなった眼に負担をかけないように、私の眼のなかで起きていることを記録することにしました。

【眼の治療memo】
12月15日 眼球に注射。その前に写真撮って検査して状態確認した。
まず右目から。
目をじゃぶじゃぶ洗浄して、眼が閉じないよう器具で固定。
眼球むき出しなんだろうな。右目が開いたシートを貼り付ける。
左目は注射の針が見えないようにおおわれている。怖くないように。
麻酔薬の点眼をしてから「はいチクッとしますよ」という言葉と共に眼球の中に液体が流れ込んできて渦巻く。押される感じで痛くない。
粘着シートは結構強力ではがすとき
「眉毛抜けるかな、ブラジリアンワックスみたいだね」
と言うと看護師が笑った。
帰り道はほとんど目がぼわっとして光も眩しくて見えない。
家に帰りついたら、アキオさんがいろいろご飯作って、リンゴむいて。
痛くなかった。すぐ終わった。ほっとした。
でも心の準備が大変たった。
効果が気になる。めんきょも。
そして今後のこと。白内障の手術も近いうち必ずやってくる。

眼球に注射を打つ「ルセンティス治療」が始まりました。
実際に針を刺すのは白目の部分から、眼内に打つので、谷崎潤一郎の「春琴抄」のように瞳孔に刺すわけではありません。
だからといって恐怖が和らぐわけなどなく、その恐怖は夫のアキオさんの心にも、重くのしかかっていたようです。
初めて眼球に注射を打った日の夜就寝前。
突然アキオさんが嘔吐しました。
食あたりか風邪か。いいえ、私はなんともないのでやはり私の看病がプレッシャーになっていたのでしょうか。
「アキオさんさ、大事な時ピンポイントで狙って仕掛けてくるよね(笑)
抗がん剤の最終回なんて心筋梗塞で救急入院したし。
私が具合悪いとすぐにオレもオレもって、甘ったれてさ」
本当は、ずっと付き添って看病をしてくれる夫には申し訳がなく、お礼の言葉がみつからないので笑って緊張をほぐすことしか私にはできないのです。
アキオさんだって眼球に注射なんて想像もしたくないでしょう。考えただけで吐きたくなるほど、眼球の注射は怖くてつらいのです。

【眼の治療memo】
12月16日
眼科のしんさつ、視力戻るかダメもとで聞いたらこれ以上悪化するのをふせぐ治療なので視力はよくはならない、白内障もあるしねと。
心が押し潰されそう。こんな思いは初めて。
努力ではどうにもならないこともあるの? 
いいや、あきらめないよ。
12月17日
ちょっとよく見えてきた…
足の爪見える。
あれ抗がん剤のせいだったのかな、
やっぱり抗がん剤始めてから急に見えなくなったもん。
12月23日
年内最後の病院。血糖値HbA1c7.3
抗がん剤終わってまあ1型糖尿病にしてはよく抑えて優秀かな。

アンダーコントロール

年の瀬も大学病院で診療科をはしごです。
糖尿病内科の担当医。
「やっぱり目に出ましたね、眼科隣だし報告受けてるから。すぐに情報共有しますから、心配なことがあったらいつでも顔出して」
と言われ安心しました。
次の女性診療科では、がんの細胞診と腫瘍マーカーも問題なく転移の兆候なし。
「先生、糖尿病黄斑浮腫って抗がん剤の影響も少しあるのかな?抗がん剤を打ってから本当に急に悪くなったから」と聞くと、
ちょっと待ってくださいねとパソコンを操作して資料を調べてくれました。
「抗がん剤と一緒にステロイドを打つんですが、黄斑浮腫との関係は、まれにあるという報告があります。でも極めて少ないですね。
これだけの材料で因果関係があるとはちょっと判断できないのですが、報告例は実際にあります」
原因を特定し立証するのは難しいとした上で
「もし抗がん剤治療中に網膜症や黄斑浮腫の発症が判明していたら、抗がん剤治療は即刻打ち切りにしていました」

すでに抗がん剤の治療は終えているので、因果関係があったとしても、今から後戻りすることは出来ません。

抗がん剤の治療は、医師の管理のもと24時血糖値測定器で様子を見ながらインスリンの量を調整していました。
だから私は血糖コントロールはほぼ出来ていた、と思っていました。
それでもやはり一番弱い網膜の毛細血管から出血していたのです。

基礎疾患が怖いといわれる理由のひとつは、適切な治療を受けて薬の用法を守っていても多重衝突事故の様に複合的な障害をもたらすことです。

抗がん剤の副作用をステロイドで抑える。
その影響で血糖値が上昇。
高血糖で眼底に黄斑浮腫が出来る。
黄斑浮腫の治療で眼球にステロイド注射。
眼球のステロイド治療が白内障を悪化させることもあるといいます。
このように書くとステロイドは良くないと受け取る人がいるかもしれませんが、薬は効果もあれば副作用もあるものです。
医師や薬剤師と相談をしながら、使い方をコントロール出来れば期待する効果が得られるはずです。
大事なことは経過観察と適切な治療です。
そしてあきらめないこと。(つづく)


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