継続学習について(ポスト資本主義社会)
今後の日本社会は、継続して生涯にわたる教育機関を発展させなければいけない。
現在は日本の高等教育は成人前かつ若者の教育に限定されている。
しかしこれでは現在まさに起きている社会的な問題を解決できない。
なぜなら現在はまさに従来の資本主義が終わり、ポスト資本主義社会へと変化するからである。
この転換期を迎えている現代では、あらゆるものが流動化であり不安定である。
階級は変化し、一夜にしてその姿を変える。
1990年代に生まれた子供たちは、父母が生まれた時代を全く理解できなくなるほど大きな変化の波の中にある。
時代の転換点
そのような時代の転換点がかつてあった。
1200年ごろのヨーロッパは一夜にして新しい時代に変わった。
都市中心主義の誕生である。
ギルドが出現し、技術が集積された。
ゴシック様式が広がり、建築様式が変わった。
アリストテレスが生まれ、知識は修道院から大学に変わった。
ラテン語中心から各地方の言葉を使うように変わった。
1400年中期から1500年初期にかけてもそうだった。
グーテンベルクの印刷革命がおこり、文字の大量配布ができるようになった。
ルターの宗教改革が起こり、プロテスタントが生まれ、権力の地位が変わった。
(カトリックの権威 神>教会>聖書>信者
プロテスタントの権威 神>聖書>教会(信者))
ルネサンス、アメリカ大陸発見、解剖学や科学の進化、アラビア数字の普及があった。
1700年後期から1800年初期にかけて産業革命がおこり、経済が拡大した。
資本主義と共産主義が生まれ、国家主義社会となった。
経済主義と国家主義により王侯の権力が弱まった。
これらの変化の時代において、一夜にして権力者が変わった。
平等な階級であった農民の間に、宗教が生まれ教会が権力を持った。
しかし教会は腐敗し、世界を治める王が現れ階級が生まれた。
その後、王は間もなく城を追い出され、国家が成立した。
やがて国家は国家同士の力を奪い合いうようになった。
プロレタリア階級が誕生し、一部は共産主義を幻想した。
資本家はそのプロレタリアートの地位を貶め財閥となった。
誕生した新たな階級
このように私たちはこの変化の渦中にある。
1960年頃から2020年頃まで続く現在のパラダイムシフトである。
それは国家主義ではなく、知識労働者が中心の組織社会への変化である。
グローバリズム、リージョナリズム、トライバリズムが共存し、西洋や東洋の文化を超越した社会価値となる。
このようなポスト資本主義社会において、先進国は新しい中核的資源を擁しつつ、新たな階級を持つ社会へと急速に変化する。
新たに誕生した階級とは知識労働者とサービス労働者である。
それは「生産性」と「イノベーション」によって価値を創出する階級である。
知識労働者とは自ら生産要素と生産手段を所有する知識人である。
彼らは自身の言葉と思想に関わりを持つ。
しかしサービス労働者となる能力に欠けている場合がある。
一方、サービス労働者とは知識人が生み出す価値に携わる組織人である。
彼らは人と仕事に関わりを持つ。
しかし知識人となるための能力に欠けている場合がある。
現代日本の課題
現代は新たに生まれた階級に対する問題が解決されていない。
それは彼らの生産性の創出の問題であり、事は重大である。
例えば高学歴者における、従来型組織とのミスマッチである。
高等教育を終了し、知識労働者としての組織を持つにも関わらず、従来の「会社」なる組織で能力を発揮できない。
ヒエラルキー階層は、情報の流れを中断するばかりではなく、問題を煩雑にする。
多くの組織において、もはや管理職はボトルネックと化し、生産性を下げるための阻害要因と成り得る。
そして間違ったことにヒエラルキーでは、知識労働をサービス労働の如く取り扱う。
時間によってコストの掌握を試みる。
そして給与によって生産性の向上を夢見る。
しかし彼らに対する政府の時短への取り組みは、失敗に終わるはずである。
またストックオプションや成果主義の多くが失敗をした要因である。
このように新たに生まれた階級に対する問題の解決ができず、知識労働者の多くが生産性を発揮できない。
サービス労働者にも同様に多くの問題が生まれている。
それは彼らに対する差別である。
現在サービス労働者に対する給与や社会的な地位の差別が起こっている。
企業ゲームの成れの果てに、彼らに対する尊厳の欠落が起こっている。
働くものへの尊崇を失っている経営者は、地位や権力の乱用はする。
権力の乱用は横暴は怒りへと変わる。
怒りは社会への不満のはけ口、または弱者に対する虐げとなって現れる。
子供や老人、障害者に対する社会的な問題は、突発的な問題ではない。
問題が長期的、かつ本質的である事件が続く背景には社会の構造欠陥がある。
新たに生まれた社会的な階級であるサービス労働者に対する問題が解決されていないからである。
継続的な学習機関の必要性
このような社会的な問題を解決するためには、継続して生涯にわたる教育機関が必要である。
幼児は一般教養を得て、一人前になる。
知識人はその知識の上に存在が成り立つ以上、継続的な学習の場が必要である。
サービス労働者は人と仕事に関する知識を学習しなければその存在が危ういものになってしまう。
このような理由で、社会の発展のためには成人後の教育機関の充実が求められる。
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