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独白

もう五分ほど君を見上げていてフト思い出したことがあるんだけれど、それは動物園の小獣館の記憶で、まったく暗くてこやし臭い展示室で飼われていたフェネック狐が、鶏の頭の水煮の缶詰を鼻先でつつき散らして、すり潰すように齧っていたが、生白いその鶏の瞼はしっかりと閉じられていたのを強烈に憶えていて、鶏とはどんな瞳をしていたか思い出せなくなるくらいの頑なな貌で、あれは誰に瞼を閉じられたのでもなくああなったんだろうが、とても殊勝な感じがしたので、君もあれぐらい目を閉じたほうがいいと思うよ、あの鶏の頭に入っていたのより何倍も大きい脳をもっているのだから、と声を掛けても、君は君で逆方向に頑なで、色が生白いところは鶏の頭に似ているし、水煮っぽい匂いがしなくもないけれども、目は閉じずにいるから鶏の頭と狐の思い出と協和しないし、しまいには水の中に逃げる始末で、そしてその水の中でも目を開けているのは、本当に強情なことだなと思いながら潮をくぐると、そこには君はいなくて、私はただ一人で鶏の頭と狐のことを考えていただけだったのに違いないのだ。

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