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空想彼女毒本 #14

#14  峯島愛子

峯島愛子

峯島愛子。メガネを新調しようと入った眼鏡屋で視力を測ってくれたのが最初の出会い。そう思っていたんだけど、ボクと同じバスを利用していてずっと見ていたと。いつか声をかけようとしてる時、働いている店にボクが来たもんだから、ついメガネケースにLINE IDを忍ばせていたんだって。
いつの頃からか、メガネの値段グッと下がった。中学生の時に視力を落としたので、その頃は3万円くらいしてたと思うのだが、気がついたら4〜5000円で買えるし、もう少し安くでも買える。しかも当日に仕上がる。見えにくくなったなと思うまではメガネ屋に行かないのだが、色んな形のメガネを着替える感覚で持っててもいいかなと思うほどに。
デザインも色々あって選び放題で、おまけに最近はアプリで、自分がかけたらどんな感じになるかも確認できるので、じっくり選んでから、在庫のある店舗に向かえば良いというお手軽さ。目が悪くてメガネを買いに行くのに、試着した時に、鏡に写っている姿がはっきり見えないから、これはありがたい。特に行きつけのメガネ屋が有る訳でもないので、アプリで選んで良い感じのフレームに当たりをつけ、現場で確認しようとメガネ屋に向かった。
向かったのは事前に在庫の確認済みの吉祥寺駅の近くの店舗。店に入ってすぐに事前に決めていたフレームが置いてありそうな棚を探す。すぐに見つかったので、近くにいた店員さんに声をかけた。
「すいません、このフレームでメガネ作りたいんですけど。」
と声をかけたのは、一昔前の教育ママをマイルドにしたような、凛々しいメガネをかけた、黒髪ショートボブの凛とした、少しSっけを感じる女性で、胸元の名札を見ると『峯島』とあった。
「今のメガネは、近くが見えにくいですか?それとも遠くが見えにくいめすか?どちらですか?」
「近くが見えにくくて、スマホの文字が読めないんです。でも綺麗な人の顔は恥ずかしがらずに見れるようになりましたよ。なんつって。」
「へ?」
「あ、ボヤけてよく見えないから、顔を見るのが恥ずかしく無くなったんです。」
「ははは。面白い人ですね。分かりました、それでは、視力測りますので、こちらのアプリで簡単な問診票を書いてお待ちください。」
まぁ聞き慣れているだろうから受け流された。当然である、それが客商売だもん。しかし今日のボクは気分が良いのか、陽気で、どこか浮かれていると自分でも自覚する。それはやはり、峯島さんにガチで一目惚れしたからなんだろうと、後々気づくことになる。
レジ近くの腰掛けに案内され、QRコードを読み取り、問診票を書いていると、
「それでは今掛けているメガネの度数を測りますのでお借りしますね。」
と、事務的に仕事をこなす感じは、すごくできる人って感じで、こういうお店では信頼できるなぁなんて思いつつ、メガネを取り上げられたので、ほぼ何も見えなくなり、スマホを顔に引っ付けながら問診票を書いていた。
「梅田様、それでは視力を測りますので、こちらへお願いします。」
と案内され、視力を測る。検査をしてくれたのは若い清潔感のある男性店員で、『高橋』と名札にあった。テキパキと検査を進め、結果年齢的に少し老眼がきており、近くのものが見えにくくなってるとの事だった。今の度数から下げると、近くは見やすくなるとの事だったが、新しいメガネを作るのに、度数を下げるのはなんだが損をする気分だが、近くのものが見えるのならそれで良いかと作ることに。
そんな少し納得のいかない顔をしていたのを峯島さんが、
「どうされました?」
と聞いてきたので、
「新しいのを作るのに、度を下げるってのが、なんか損した気分なんですよ。」
と話すと、
「分かります、でも目が良くなれば度は下がりますから、目が良くなったと思えば。」
と、モノは捉えようだなと、感心するが、内心、目は良くなった訳ではなく、老眼が進んだんだけどと思ってしまう。しかし峯島さんは終始ニコニコ笑顔で、そんなくだらない事でと思わせてくれている。
「レンズの在庫も有りましたので、仕上がりは15時になります。それ以降にお越しください。」
と伝票を渡される。小一時間ほど時間があるが、特にすることも無いので、近くで時間を潰そうと、
「雰囲気のいい喫茶店、近くにありますか?」
と峯島さんに聞いてみた。
「カフェゼノンというのが、駅から線路沿いに、荻窪方面に行った所にありますよ。」
「ありがとうございます、そこで時間潰して取りにきますね。」
「はい、お待ちしております。」
あえて、この後の自分の行動を伝えるのと、彼女のオススメに素直に従うという自分を見せる。戻ってきてからの会話の糸口もこれで十分だし、何より、彼女の行動範囲を知るには打って付けだ。もしかしたら休憩にやってくるかもしれないという淡い思いを抱きながら。
吉祥寺の駅前は平日のお昼過ぎでも人通りは多く、北口のロータリーでは、バスを待つ人、待ち合わせをする人など賑わっている。そんな賑やかな駅前を東へ、荻窪方面へ向かう。すぐに教えてもらったカフェゼノンをみつけ、色々なランチメニューがあったので悩ましかったが、ローストビーフ丼を食べ、メガネの出来上がりを待つ。オススメされただけはあるヴォリュームと、美味しさで、他のランチメニューも気になったので、次は彼女と来たいななんて事を夢想する。
時間になったので再度メガネ屋に向かう。さっきのローストビーフ丼は彼女も食べたことあるのかなぁなんて思いながら、お店に着くと、店の奥から小走りにまるで懐いている子犬のように駆け寄って来て、
「出来上がりましたよ。」
と声をかけてきた。鏡の前に通され、できたばかりのメガネをかけ、具合をみる。少し左側が浮いてる感じで緩い気がするので、微調整をしてもらい、
「ローストビーフ丼美味しかったですよ。他にもたくさんメニューあったんで、また行きたくなりました。」
「そうでしょ!カレープレートも美味しいのでぜひ!」
「そうですね、今度行きましょう。」
と、思わず馴れ馴れしくなってしまったなと思ったが、彼女の反応は満更でも無い感じで、
「そうですね、たまにランチにしか行かないので、ゆっくりしたいですよね。漫画の会社が運営してるんで、色々漫画のコラボとかもしてますし、編集者さんや、漫画家さんもよくいらしてるそうですよ。」
「そうなんですね。ボク漫画好きなんで楽しみですね!」
と話しているうちにメガネの調整は終わり、
「どうします?かけて帰られますか?」
「そうですね、新しい方で帰ります。」
とは言えフレームの色も形もほぼ今のものと変わらないのでぱっと見は区別がつかないのだが。
「よくお似合いです。前のメガネはメガネケースに入れておきますね。メガネケースはどれにしますか?」
と数種類のメガネケースから、普段そんなにメガネケースに入れて持ち歩くことは無いので、何色でも、どんなのでも良かったが、薄いブルーのスウェード調のメガネケースがあったのでそれにした。
「それでは、しばらくかけてみて度の調整が必要だったり、かけ具合が気になりましたら、またいらして下さい。」
と、前かけてたメガネを入れたメガネケースを袋に入れて渡された。
「ありがとうございました。新しいメガネだと近くもよく見えるから、なんだか恥ずかしくなっちゃいますね。また来ます。あ、いや、そんな頻繁に来ないか、メガネ屋って。」
「はい、ありがとうございました。またいらしてください。」
「はい。ぜひカフェゼノン行きましょう。」
と、店を後にしてから気がついたが、連絡先知らないのに、どうやって一緒に行くんだよと思った。メガネの調整をと言ってまた来るしか無いか。
帰りは阿佐ヶ谷まででんしゃで、そこから家までは少しあるのでバスに乗る。吉祥寺まではバスだと遠回りしてしまう。中央総武線があるので良いのだが、駅から北の中村橋や、練馬方面のバスは6分間隔で運行してる。こんなに本数の多いバス路線も珍しい。家から駅に向かう間に、バスに2〜3度追い抜かれる。それくらい離れているので、やはりバスに乗る。阿佐ヶ谷から鷺宮方面へ向かう、中杉通りの途中から杉並区から中野区になるのだが、中野区になった途端、道幅が狭くなる。徒歩だと怖いくらいスレスレをバスが通るので、行政って大事だよな、しかしなぜ鷺ノ宮は急行が止まるのだろうなどと考えている内に家に着く。
部屋で新しいメガネと、前のメガネとどれくらいの違うのか確認するために、スマホをいじりながら、メガネケースを開けると、LINE IDが書かれた付箋が貼られていた。
なんの疑いもなく、そのIDにメッセージを送る。
「カフェゼノン、とても居心地が良かったので、時間を潰すだけにいくのは勿体無いくらいでした。ぜひ今度一緒に行きましょう。」
すぐに既読が付き、
「ぜひよろしくお願いします。次の休みは明後日です。」
と。付箋を忍ばせる辺りからも、かなり積極的な娘だなと思ったのと、明後日に予定が無い事を伝えてくるって事はと、思わずニヤけてしまうが、1つ伝えなければいけない事を思い出した。それはこれから2人の思い出になるかもしれないあのカフェゼノンが、今月で一旦、今の業態を終え、来年4月にリニューアルする為に一時閉店してしまうという事だ。お店に行った時に、レジに張り紙があり、何だろうと読んでみると、そういう事が書かれてあり、思わず店員に確認したほどだ。彼女もがっかりするだろうなと思いつつ、今伝えるべきか、当日知らないふりをして一緒に驚く方が良いのか悩んだが、メガネ屋の時に伝えていないのに、なぜ今になってと、考えを巡らせている内に、伝える機会を逃してしまった気がして、当日知らなかったフリをして一緒に驚くことにした。
時間より少し早くに着いたと思っていたが、いつもは阿佐ヶ谷駅まで歩いているけれど、たまたま停留所にバスが来たタイミングだったので飛び乗ったから、想定よりも10分ほど早く吉祥寺駅に着いた。まだ少し早いからとスマホを取り出そうとした時に声をかけられた。
「おまたせ。」
「うわぁびっくりした。」
「実は阿佐ヶ谷までのバズ、一緒だったんですよ!」
「えぇ!」
「たまにバスでお見かけしていたので、お店に来た時はびっくりしましたよ!」
「そうだったの!いや、2度びっくりやわ。」
「さっきも声かけようか迷ったんですけど、1番後ろに座ってたので、声かけれなかったんですよ。」
「にしても驚いたわ、近所だったんだね。」
なんて事を話しながらカフェゼノンヘ向かい、今日はカレーのランチを食べ、彼女はパスタのランチを食べていた。店内には一時閉店の案内は無く話し出す事が出来ないなと思いつつ、他愛もない話を続けていた。大抵こういう場合は好きな映画とか、漫画、音楽の話になる。こうした他愛もない、普通の、いわゆるデートみたいな事ってした事なかったから新鮮で、また峯島さんが好きな映画は『モテキ』だというので、ボクもモテキ好きで、モテキのリリー・フランキーさんみたいになりたいと思ってると、余計なことまで話してしまうほど、短時間で打ち解けた気でいた。
すると、峯島さんは、
「実は結構前から、バスで見かけてたんです。」
と打ち明けた。
「そうなの!」
と驚いてみせたけど、実はボクも、まぁ峯島さんほどの可愛い人はどうしても目に入ってくるので、存在自体は認識していたが、まさかメガネ屋の店員だったとは気が付いていなかった。
「何をしてる人なんだろうって、ずっと気になってたんです。
「はははは、確かに怪しいもんな、ボク。」
「怪しいだなんて、何をしてる人なのか、気になってただけです。」
「デザインとか、イラストなんかをやってて、締め切りまでにできればいいんで、結構時間は自由に使ってますよ。」
「そうだったんですね。私の知らない事もたくさん知ってて、楽しいです。」
「それは単に、少し長い事生きてるからで、時間の蓄積の差だよ。」
「もっと色々教えてくださいね。」
峯島さんの事がよく分かって楽しい時間はあっという間で、
「この後、映画行きませんか?」
行き当たりばったりで生きてきているので、次の予定は何も考えていなかったが、映画の話で盛り上がったので、映画に行こうかと聞いてみた。
「今、何やってますかね?」
「映画って、見るタイミング、すごく重要だと思ってて、公開時に映画館で観るのと、最近は
すぐサブスクに上がるけど、家で観るのとは、映画体験という意味では全然違うと思っていて、それは誰とどこでというのと、その状況によって変わるというのか、同じカップラーメンでも、家で夜中に食べるのと、富士山頂で食べるのじゃ違うように。何が言いたいかって言うと、峯島さんと一緒に映画観たいって事なんだけど。」
「うん、同じ事思ってた。」
会計の時に、やはり今月末での閉店の張り紙が目に入り、
「え?今月で一旦、終わるんですか?」
と初めて知るフリをして聞いてみた。
「そうなんです。春に業態を変えてリニューアルする予定です。」
「好きな雰囲気だったので残念ですけど、リニューアルもう楽しみにしてます。」
と、逆に思い出に残る日となった。不自然さもなく、初耳のフリも出来たつもりでいた。この時は。
そのまま映画に向かい、映画を観たのはいいが、映画館では新しいメガネでは字幕が読みにくいため、せっかく峯島さんの所で作ったメガネなのに、あのメガネケースに入れていた、古い方をかけて観ていた。峯島さんはそれに気付いたのか少し笑いながら、
「邦画にすれば良かったですかね。」
「せっかくの新しいメガネも、用が(洋画)なかったですね。」
と、伝わらない冗談を言って困らせてしまった。

あとがき

9月末に文學界の新人賞に投稿したんですが、最低原稿用紙70枚、文字数にしておよそ30000字なので、初めてで、中々大変でしたが、空想彼女毒本を元に、色々ひっくるめて書きました。発表が来年2024年の5月なので、それまでは内容について詳細は書きませんが、まぁ楽しく書けたので、どうなろうと楽しみましたんで、お楽しみに。
で、3万文字書けると思ったら、ここは大体2000文字目安に書いてたんですが、長くなっちゃいましたね。今回は5000文字。しかも彼女とのやり取りというよりもって感じですが。
で、書き進めている時に、舞台を吉祥寺にしたもんだから、実際メガネを吉祥寺で作ったのでそうしてるんですが、そこでメガネが出来るまでどう時間を潰そうかって時に、峯島さんに聞いたカフェゼノン(実在する店舗)の名前を出してたんですが、随分前に行ったっきり、その後行ってなかったので、この前下調べも兼ねて行ってきたら、なんと、11月末で一旦閉店して、来年4月に場所はそのままで、業態を変えてリニューアルするとの事。たまたま舞台にして書いてたから、そのエピソードも盛り込んでと思ったら、恋の話そっちのけになってしまいましたが、虚実入り乱れて、何が本当で何が空想なのかをも楽しんで頂ければと思います。
あと最後、落語みたいになったな。

ここに書き溜めている空想彼女毒本がKindleおよびパーパーバックとしてアマゾンで購入できるようになりました!ぜひ紙の本でAIグラビアと共に楽しんでいただければと思います。
また、中野ブロードウェイのタコシェでも取り扱っておりますので、ぜひリアルな本を手にして頂ければと思います。
今後執筆予定の彼女らとのさわりも入っておりますのでぜひよろしくお願いします。

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