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スポーツに託された新しい社会課題の解決

筆者は、「スポーツ都市戦略」(学芸出版、2016年)において、地域のスポーツ政策には、地域資産形成のためのインナーの政策と、域外交流振興のためのアウターの政策があると指摘しました。アウターの政策とは、スポーツツーリズムの推進によって、域外からスポーツ参加者や観戦者を呼び込み、地域に経済・社会効果を生むことが主たる目的ですが、インナーについては、学校の部活動やスポーツ実施率の向上、そして健康増進や成人病予防など、地域住民のウェルビーイングを高めることが目的となります。しかしながらここでは、スポーツやスポーツイベントには、社会が直面する重大な問題を解決する力が備わっていることを指摘したいのです。それが、人口減と高齢化によって衰退する地域の再生において、重要な役割を果たすスポーツによる新しいコミュニティづくりです。

コミュニティスポーツに求められる新しい役割
 コミュニティスポーツは、日本が高度経済成長期に突入し、経済最優先の社会へと転換した1960年代から1970年代に注目されたスポーツ振興政策のひとつです。当時は、働くことが美徳とされ、長時間労働が一般的だった時代で、地域の連帯感の希薄化や生きがいの喪失が社会問題としてクローズアップされるようになりました。そこで注目を集めたのが、コミュニティという生活の場を介して、人間連帯の回復を求める手段としてのスポーツの役割です。1973年に経済企画庁が発表した「経済社会基本計画」の中では、コミュニティスポーツは、日本経済の高度成長の中で失われてきた「ふるさと」を再建し、人びとの心のよりどころや連帯感を生み出す地域活動の一環と考えられました。
 当時の社会課題は、長時間労働によるコミュニティの「崩壊」であり、働き手(世帯主でほぼ男性)が地域と疎遠になることによって起きる地域活動の停滞でした。その一方、現代の地域が直面する社会課題は、急速な高齢化と人口減によるコミュニティの「消滅」であり、問題はより深刻化しています。

現代日本が抱える深刻な課題
 日本は、先進諸国の中でも特に少子高齢化の進行が顕著です。この現象の厄介なところは、台風や津波のような天災や、建造物の崩落や自動車事故のような人災と異なり、目に見えないところで時間かけて、ゆっくりと静かに、国土全体で進行する点にあり、大規模な国際人口の移動(例えば移民政策)がない限り確実に悪化します。2018年に生まれた子どもの数は、前年より2万7668人少ない91万8397人となり、統計をとり始めた1899年以降最低とになりました。1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率も、前年より0.01少ない1.42で、改善する兆しは見えていません。
 「日本全体の人口減」については、少子高齢化の影響が強く、この流れを止めることはできませんが、「地域別の人口減」は、転出・転入の影響を強く受けます。すなわち、地域における人口減は、主に若者の転出が最大の要因であり、特に若い女性の流出によって、未来の人口増の可能性が消滅することになります。衰退が止まらない地方都市では、医療や介護等の行政サービスの低下や雇用の減少など、住むことが困難な状況が生まれています。
 そうなると、店を閉じる「店じまい」や、墓を処分する「墓じまい」と同じ文脈で、住む人がいなくなった町を閉じる「街じまい」が、各地で頻出することになります。人口減少によるサバイバルレースに負ける自治体がその対象となりますが、その一方で、ある一定の人口を保ちつつ、行政機能を維持できる自治体も多数存在するのです。では、その違いはどこにあるのでしょうか?ひとつの手掛かりになるのが、若年層の流出を防ぐコミュニティの存在であり、そこにスポーツやスポーツイベントがどのような役割を果たすかを検証することは、今後のスポーツ政策を考える上で重要な作業となるでしょう。

若年層の流出を防ぐコミュニティの創出
 高松(2019)は、ドイツの社会都市論を援用しつつ、都市を「地縁・血縁」の前近代的な人間集団ではなく、「赤の他人」の密集空間であると考え、都市機能のひとつとして、赤の他人同士が知り合う「装置」が必要であると指摘しました。それが、都市を「赤の他人」の集まりから「コミュニティ」要素のある空間にするための文化政策やNPO(に相当する組織)であり、例えばドイツの場合、全国に8万強ある地域密着型のスポーツクラブが、この機能を果たす不可欠の装置として存在しています。
 ドイツのスポーツクラブは、日本の同好会のような仲良しクラブとは異なり、スポーツ施設の計画・建設・運用についても、対象区域内のクラブが深く関わるなど、都市経営の一翼を担う点が特徴です。よって日本においても、現在のスポーツクラブを、都市経営に関わることができる事業経営体へと発展させ、文化や観光を取り込むことによって経営規模を拡大し、都市に新しいコミュニティをつくる装置として活用するための議論が必要となります。具体的には、法人化された事業経営体としてのスポーツクラブや、アウターの機能だけでなく、インナーの機能も併せ持った地域スポーツコミッション等の新しい地域スポーツの司令塔が必要であり、都市経営のアクターとして、確固たる地域を築く必要があるでしょう。

持続的なノンメガスポーツイベント
 コミュニティを築く上で、もうひとつ重視されるべき装置として、地域主導のスポーツイベントがあります。スポーツイベントにおいては、普段の生活で顔を合わす必要のない多様なアクター(人材)が、イベントの企画・実施のために一堂に会し、話し合いを進めるところに醍醐味があるのです。これは地域の祭りも同じく、イベントの準備や片付けのときにも、新しい情報環境やコミュニケーションの場を作ることができるなど、地域のコミュニティづくりのために、有用な装置として機能します。
 ひとつの事例ですが、富山県南砺市利賀村は、人口わずか500人強、高齢化率が約40%で、複数の限界集落を抱える小さな自治体ですが、毎年実施している「TOGA天空トレイルラン」が第4回スポーツ振興賞において「スポーツ庁長官賞」を受賞しました(注2)。私は審査委員長として選考に関わりましたが、受賞の理由は、まさに高齢化と人口減という危機的状況の中、スポーツイベントによるコミュニティの維持・発展を試みる努力を評価したからです。「地図を引っ張り出して、村の森林組合や高齢者に聞き取りしました。舗装される前に集落と集落を繋いでいた山越えの道の存在を聞き出しては、実地調査に入り、地図にマーカーする。その繰り返しでしたね。なんども藪漕ぎをして、村民総出で草刈りをし、古道や廃道を復活させたわけですけど、苦労しました」(注3)という関係者のコメントは、スポーツイベントによるコミュニティ形成のプロセスを活写する貴重なデータです。

注1:高松平蔵「補助的プログラムとしての ドイツの『社会都市』」NIRA My Vision. No. 40, 2019, p.19
注2:スポーツ庁HP(https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/shingi/001_index/bunkabukai/attach/1375424.htm)
注3:TrailRunner.jp (http://trailrunner.jp/toga_1.html)

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