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開催危機にあるオリンピックとは?

本書の「はじめに」より引用

 読者の皆さんにまず伝えたいことは、本書は、オリンピックを愛してやまない東西の研究者が、世界の平和と繁栄のオリンピックの聖火を絶やさぬよう、そして聖火の炎がさらに美しく燃えるように、オリンピックの正しい姿を伝えるために書いたという事実である。
 現代のオリンピックは、決して安泰ではない。巨大化した大会は、開催都市に大きな果実をもたらす半面、社会経済の悪化や、大会準備の不具合によって、結果として大きな負の遺産となることがある。近年は特に、オリンピック大会がもたらす財政的なリスクが顕在化するとともに、招致を避ける都市が増え、オリンピック・ムーブメントにも停滞感が生まれている。招致を試みる都市の減少は、そのような傾向の証左である。
 シャペレ教授と筆者は、スポーツマネジメントの教育と研究に携わっているが、ともにオリンピックの招致活動に関わったという共通体験を持っている。シャペレ教授は、スイスのシオンによる2002年冬季オリンピック招致に深く関わり、筆者は、大阪の2008年夏季オリンピック招致で参与を務め、東京の2016年夏季オリンピック大会招致においてJOC招致推進特別プロジェクトの委員を務めたが、そこで生まれた交流は、その後も学会や国際会議を通じて続いている。さらに、シャペレ教授ら3名が著した「オリンピックマーケティング:世界No.1イベントのブランド戦略」(株式会社スタジオタック・クリエイティブ、2015年)の日本語訳を監訳した経緯もあり、本書の共同執筆が実現した。
 日本では、2020年東京オリンピック・パラリンピック大会に向けて準備が本格化しているが、4年に一度開かれる世界最大のスポーツイベント大会は、日本人にとって大仕事であり、準備に関しても、すべて順調に進む訳ではない。過去の大会を見ても、準備が順調だったのはむしろ少数派で、2004年のアテネ大会や2016年リオ大会のように、財政が悪化し、その結果準備が大幅に遅れ、大会返上や開催地変更がマスコミを賑わした大会もあった。
2020年東京大会についても、新国立競技場の設計に始まり、当初のコンパクト開催から、地方都市を巻き込んだ広域開催への変更と負担金の増大は、大きな論争を巻き起こした。さらに、築地の移転問題やオリンピック施設の後利用計画の不透明さ、そして最近では大会期間中の関係者移送用のバスの確保や暑熱対策など、不安要素は山積している。しかしながら、これらの問題は東京大会に特有の問題ではなく、大きさの大小はあるにせよ、すべての開催都市で起きる想定内の問題であり、計画の準備は、様々な修正を加えながら、開会式当日に向けて着々と進んでいくのである。
 オリンピックはこれまで、理想と現実のギャップに常に悩まされてきた。人類の平和と繁栄を追求する世界最大のスポーツイベントに成長した一方、大会の肥大化がもたらす負の側面が、メディアによって必要以上にクローズアップされ、招致を考えている都市に不安材料を提供している。そのような意味で、オリンピックは大きな曲がり角にある。本書の狙いは、現代社会におけるオリンピックの正しい姿と価値を伝え、オリンピックという人類が生んだ素晴らしい平和維持装置の価値を再評価することにある。2018年(ピョンチャン)の大会が終わり、今後2020年(東京)、2022年(北京)とアジアでオリンピックが連続して開催されるが、その価値を正しく理解することは五輪開催国に住む市民としての責務でもある。

本書の概要

 本書は序章を含めると、10の章から構成されている。著者の一人であるシャペレはフランス語で7つの章を執筆し、日本語への翻訳を行った。もう一人の筆者である原田は、シャペレの原稿に手を加えるとともに、3つの章を執筆した。本書でも繰り返し述べられるのは、オリンピックがたどった進化の過程であり、進化し続けるために行った体制の改革と、組織ガバナンスの強化によるドーピングや汚職への毅然たる対応である。これまで、組織の存在を揺るがすような大きな危機を幾度となく乗り越え、世界最大のスポーツイベントという地位を獲得したオリンピックであるが、その本質は、人類の平和と繁栄に寄与できる究極の平和維持装置であると筆者らは考えている。
 1972年のミュンヘン大会期間中、パレスチナゲリラのテロ攻撃によって多くのイスラエル選手が殺害されたが、当時のIOC会長であるエイベリー・ブランデージが行ったスピーチである「大会は止められない」(The Games must go on)は、人々の心に深く突き刺さった(第5章参照)。人類が創造したオリンピックという宝物は、これからも継続しなくてはならない地球規模の事業であることを忘れてはいけない。

ジャン・ルー・シャプレ
原田宗彦

ジャン・ルー・シャプレ&原田宗彦「オリンピックマネジメント」大修館書店、2019年、より引用

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