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スポーツまちづくりとコンパクトシティ

コンパクトシティとは?

 コンパクトシティとは、サステナブル(持続可能)な都市空間の再編成を目指す、都市政策モデルのひとつです。日本においても、高齢化と人口減が進展し、「街じまい」に関する議論が盛んになる過程で、経済成長にともなって無秩序な拡大(スプロール現象)によって膨張した都市を、歯車をゆっくり逆回転させるようにコンパクト化する試みが各所で行われています。そこで今回は、コンパクトシティの考えをベースに、スポーツまちづくりの可能性について考えてみましょう。

コンパクトシティの特徴

 コンパクトシティの特徴は、1点目に交通の利便性があります。自動車だけに依存せず、徒歩や自転車によって移動可能な範囲に日常の生活機能が配置される、地域的な自足性(事足りること)があることが望まれます。アメリカには、スポーツや身体活動に重きをおいた街づくりを推進する事例の一つとして「アクティブ・トランスポーテーション」があります。この概念は、エンジンやモーターのような受動的(パッシブ)な移動手段に頼るのではなく、徒歩、ジョギング、スケートボード、自転車、そして車椅子などを交通手段とし、自分の力で積極的(アクティブ)に移動することを意味します。
 2点目は、文化性です。地域の中に歴史や文化を伝えるものが継承され、独自の雰囲気を持つ街であることが挙げられます。コンパクトシティとして重要なものは、一般的な都市機能だけに留まらない地域としての持続性であり、特別秀でたものでなくとも、地域の持つ文化面を継承することにより魅力が高まることなのです。その意味からも、歴史的な建造物や美しい街並みなど、観光面でアピールできる資源を保有していることが望ましいとされます。
 3点目はソーシャルフェアネス(社会的公平性)です。居住者とその暮らし方、そして建物や空間の多様さがある一方、健常者、障害者、LGBTなど多様な特徴を持った住環境が整備されるとともに、多様な観光客を受け入れる地域の包容力も必要です。観光客の受け入れに関しては、多様な価格帯の宿泊施設やプランの提供を行い、バックパッカーの若年層から車椅子のお年寄りまで、幅広い層の滞在を可能にする地域づくりの展開と、交流人口の拡大を狙う必要があります。

スポーツまちづくりとコンパクトシティ

 海道清信(注1)は、欧米で考えられているコンパクトシティの原則を9つにまとめています。その中には、「高い居住と就業などの密度」「多様な居住者と多様な空間」「自動車だけに依存しない交通」「日常生活の持続性」といった項目に加え、「地域運営の自律性」といったコミュニティ活動の重要性が述べられています。これは、市民や住民の交流が活発で、赤の他人同士が知遇を得る「装置」(例えばスポーツクラブ)を備えたコミュニティが形成され、地域の現状や将来に対して主体的に参加できる地域自治のあることが前提となっています。
 これについては、双方向型のコミュニケーションツール(SNS等)が普及した現代社会において、情報通信技術(ICT)を含む様々な技術革新の成果の活用により、リアルな人と人が集うコミュニティに加え、ある価値観に共鳴した人がSNSでつながり「新たなコミュニティ」が形成される可能性が生まれます。そこで必要とされるのが、多様な人々が集まることができる「場」、多様な人々を集める「機能」、そして多様な人々をつなげる「仕組み」なのです。特にスポーツまちづくりにおいては、プロスポーツが、重要な役割を担います。すなわち、ファン・コミュニティを形成する場と機能、そして仕組みを提供してくれる点に注目すべきでしょう。ファン・コミュニティが拡大することで、地域愛着度が深まり、地域の衰退に歯止めをかけることが可能になるのです。

スマート・ベニューとスマートシティ

 今後、スポーツまちづくりとコンパクトシティについて議論を深めていくには、時代に対応した「スマート・ベニュー」や「スマートシティ」の考えを融合させた、新しいまちづくり像が必要となります。そのひとつが、新たに建設されるスタジアムやアリーナを核とした「スマート・ベニュー」構想です。日本政策投資銀行によれば、スマート・ベニューとは、周辺のエリアマネジメントを含む、複合的な機能を組み合わせたサステナブルな交流施設であり、税収や雇用の増加といった経済的価値に加え、地域内外の人々の交流空間としての機能や、防災拠点といった社会的価値の両面を創出するものです。具体的には、スタジアムやアリーナといった多機能複合型施設を街の中心に建設し、市街地に賑わいと経済的なインパクトをもたらすという考え方です。新潟県長岡市に建設された「アオーレ長岡」は、Bリーグの「新潟アルビレックスBB」が本拠地にする「アリーナ」と、屋根付き広場である「ナカドマ」、そして「市役所」や「市民交流施設」が一体となった多機能複合型施設ですが、中心市街地の活性化やコンパクトシティ化の核となる施設として注目を集めています。
 最近では、ICT(Information and Communication Technology)やIoT(Internet of Things)、そしてロボット、Al、次世代モビリティサービスなど、急速に発展する多様なテクノロジーを、これからのまちづくりに活用しようとする動きも盛んです。これが「スマートシティ構想」であり、国土交通省によれば、「都市の抱える諸課題に対して、ICTなどの新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営など)が行われ、全体最適化が図られる持続可能な都市または地区」と定義されています。
 地域には解決すべき様々な課題がありますが、ITを使ってそれらを解決するのが「シビックテック」という取り組みです。ひとつ例を挙げると、石川県の奥能登地方で、子育て中の母親が孤立しているという地域課題を解決するために、「のとノットアローン」という子育て応援アプリが開発されています。具体的には、奥能登地方の子育てイベント情報、地図の情報、そして相談先案内などが含まれていますが、地理的なハンディを乗り越えて、同じ悩みを持つ母親のコミュニティを形成することを可能にする有益なアプリです(注2)。このアプリは、前述したように、人が集まる「場」と、人を集める「機能」、そして人と人をつなぐ「仕組み」を提供してくれるのです。

海外の事例:スマートシティとスポーツ
 日本でスマートシティとスポーツが組み合わされた事例はありませんが、アメリカでは、スポーツとエンターテインメントによるスマートシティ構想が動き出しています。そのひとつの例が「ジョンソンコントロールズ殿堂ビレッジ」(Johnson Controls Hall of Fame Village)です。「ジョンソンコントロールズ」はビル管理会社ですが、防災・セキュリティシステムやコスト管理、HVACまで施設の総合的な管理システムを提供する会社として、オハイオ州カントンにある「プロフットボール殿堂」(Hall of Fame)の「オフィシャル・スマートシティ・パートナー」として18年間の命名権を獲得しています。さらに毎年夏に開かれるプロフットボール殿堂のセレモニーやイベントも、ジョンソンコントロールズがスポンサーとなるなど、施設の管理からイベント運営まで、包括的なスポーツまちづくり事業を展開しています。

注1:海道清信『コンパクトシティ』学芸出版社、2001年
注2:稲継裕昭編著『シビックテック』勁草書房、2018年


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