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劇団キンダースペース「報われし者のために」パンフレットより

劇団キンダースペース 第44回本公演  シアターX提携
「報われし者のために

原作:サマセット・モーム 翻訳・翻案・演出:原田一樹
2023年2月15日~19日 東京・両国シアターカイ
 

決断の苦渋 ~「報われし者のために」について~
本作品はイングランドの田舎町に居を構えるアーズレイ家が、裕福で平穏な日々を送りながら、その内側に、明日にでも全てを崩壊させかねない種を宿す、その過程を描いている。モーム58才、1932年の作品。欧州における史上初の総力戦となった第一次世界大戦は戦勝国市民にも傷痕を残し、「崩壊」の火種もほとんどがここに在り、また長男シドニーは、傷への無自覚による独裁者の登場と第二次大戦も予言する。この「崩壊」とはどういったものなのか。
フランスの家族人類学者エマニュエル・トッドは、現代を大きく動かした政治イデオロギーと、各国家の慣習的な家族システムの間に、ある関係を見出した。例えば子供が成人し結婚後も父親の元に暮らし、遺産分配は平等である巨大な家族形態はロシア、中国、ベトナムなどで見られる。この形態下では親子関係に基づく権威主義と兄弟関係の平等志向が共存し、この価値観が共産主義を支えた。一方、本作品の舞台を含むイングランド、アメリカ、オーストラリア等、いわゆるアングロサクソンの国家では子供たちは成人すれば独立し、遺産相続は平等でなく、親の「絶対」的な自由意思で決められる。親子関係は自由主義的で兄弟関係は平等には無関心。こうした「絶対核家族」制度の中で育つ人間は、自立志向が強い一方、連帯やつながりに無関心で個人主義的になる。トッドによれば離農を前提とする産業革命の邁進にはこうした価値観が大きく作用し、近年ではアメリカのポピュリズム、イギリスのEU離脱もここに根がある。そして18世紀から現在まで世界史の中心となって来たのはこの「英語圏」で、アメリカは共産主義の崩壊以降、世界中で戦争状態を維持して来た。
さて、モームが描いたアーズリー家の人々の中では、家父長アーズリーは決して「絶対核家族」的ではない。第一次大戦の傷病兵である長男や、婚約者の戦死で独立を奪われた長女を庇護のもとに置こうとする。むしろその子供たちの方が自由の剥奪や、その予感に過剰反応し、精神を病んだり不健全な出奔を選んだりする。しかし、だからこそ「崩壊」は将来的で深刻だ。しかも共生を選ぼうとする父親は、モームの筆によって、その予感からすら遠ざけられている。これをモーム一流の諧謔と片付けることもできるが、むしろここにこそモーム自身も無意識に描いてしまったアングロサクソン的なるものの「崩壊」が浮かび上がる。
ウェストエンドでの初演は短いものだったという。観客はもう戦争の傷跡を観たがらなかったという分析がある。確かに、最後に心を病んだ長女の歌うイギリス国歌は悲嘆を誘う。が、実のところは現代史の先頭を走って来た「核家族」の不協和音として、この歌が「英語圏」の観客の心をかき乱したからではないのか。一方、家族の中で唯一愛情と共存し、苦渋を受け入れたまともな決断をするのが、まもなく崩れ逝く母親なのだというのは「英語圏」のみならず、私たちすべての未来を暗示する。
原田一樹

報われし者のために (kinder-space.com)サイト

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原田一樹 プロフィール
劇作・演出・美術・翻訳・俳優養成講師
劇団キンダースペース主宰
ワークユニット監修・演出
東京都出身。早大在学中、鈴木完一郎氏(青年座)の元で演劇活動を始める。
〈演出〉劇団キンダースペース、俳優座、昴、文化座、東演、名取事務所、音楽座、静岡文化芸術センター、さいたま芸術劇場等。
イプセン、チェーホフ、モーム、ミラー、ポー、三好十郎、三島由紀夫、矢代静一、オリジナル「モノドラマ」他
〈演劇・俳優講師〉NLT俳優養成所。スターダス21。テアトルエコーアカデミー。俳優座演技研究所。桐朋学園、静岡文化芸術大学。鳥取大学。石川県、船橋市などの市民劇団の指導、演出。
 


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