『ゲット・ロスト』

暴力と性以外すべてを描いたとされる星新一が、もし性を題材に作品を書いたらというコンセプトのショートショートです。この手の題材が苦手な方はお引き返しください。

彼はとある有名なブロガーだった。文筆には興味がなかったが、そこそこの収益を得られてしまったので続けていた。

彼はアセクシャル男性として同居人女性との暮らしをフェミニスト贔屓な筆致で日記形式にして書いている。フェミニストのことは軽蔑していたが、女性のことを「理解している」自分には陶酔していたため、日記を続けることに苦痛は感じなかった。

東大卒インテリ男の書く「女性に理解のある」文章。内容は日々ほぼ同じもので、世間と比べても目新しさはなかったが、それで十分だった。YouTubeでVlogも行っていて、そこでのイメージ戦略も功を奏していた。

彼の同居人女性は恋人や友人などではない。契約同居人である。家賃・食費など一切なしで豊かな暮らしができる代わりに、彼と日々を過ごし大勢の人の目に触れられる「女性」となることを強いられる、というものである。インフルエンサー志望にとってはうってつけの機会であり、3ヶ月以降はいつ辞めてもよいとのことで募集は止まず、かれこれ今の女性は8代目だった。

彼は実際にはアセクシャルではなかったが、確かにあまり恋愛感情はなく、恋人を持ったこともなかった。だから同居人には恋人が居たとしても文句を言うことはなかった。ただし、自分の知らない男を自室に連れ込むことだけは止めてくれと念を押して言った。

彼にはこんな過去があった。大学入学したての頃、気になっていた女性を泥酔状態でホテルに連れ込んだが全く勃起せず、後日そのことを女性にコミュニティでネタにされてトラウマになっていた。それ以降彼は不能だった。しょうもない話ではあるが、彼は本気で心を傷ついていた。

同居人から、新しく進路が決まったからここを出ると言われた。前々から聞いていた話だったし、快く承諾した。彼は新同居人の募集を始めた。

多くの募集の中から、彼はアケミという女性を選んだ。理由は特になかったが、なんとなく良いと思ったから選んだ。

ある日外出から突然戻ると、アケミが知らない男と自室でセックスをしている。彼にはそれがあまりにも恐ろしい光景に思え、恐怖で玄関を飛び出してしまった。

アケミを追い出そうか考える。しかし、新同居人として世間からの反応は良く、インフルエンサーとしても活躍している彼女とは敵対したくない。イメージ戦略的に分が悪いのだ。

短い散歩から帰ると、アケミは泣いていた。あれはレイプだったと彼女は懸命に主張した。彼にとっては知らない人間を無断で連れてきただけでも勘弁だったが、アケミを叱れはしなかった。

その日、彼はいつものように文章を書けずにいた。仕方なく、過去の日記の固有名詞だけを変えてコピペ文を作った。

なんとなくぎこちない日々。

少しずつ彼は、実は自分は女性を好きではないのではないかと疑念を抱くようになっていった。しかし、今更活動を辞めるわけにもいかない。

段々と文を書くのも苦しくなっていった。こんなの嘘っぱちではないか。自分の支持するのはカッコつきの女性で、セックスとは無縁な女性である。アケミのような女は自分にとって人間ではない。

ついに彼は正直な気持ちを書いた。アケミともうこれ以上一緒に暮らしたくないと思っていることや、自分にとっての「女性」とは純潔で美しいヒトであり、世のほとんどの女は汚らわしい生き物であるということなど。

もちろん炎上した。しかし、フェミニストからの批判以上にミソジニストからの賛同を得られたため、さほど痛手にはならなかった。

味を占めた彼はアケミを追い出し、これまでとは正反対の内容の日記を書き始めた。その過激さから、彼はレイシストたちの間で人気を博していった。

ついには政党を作り、出馬することに決めた。もちろん目的などなかったが、この”野望とは似て非なる気持ち”に縋るのは楽だった。支持者は十分にいた。

アケミが自分を批判する声明を出したので、仕返しをすることに決めた。実は前から彼の家には監視カメラが付けられていた。同居人が自分に隠れて何かをしないためのもので、アケミがレイプされた映像も残っていた。彼はそれをアケミが人の家で公然と猥褻を行う映像としてネットに流した。芸能活動ができなくなった彼女は追い込まれて首を吊ったらしい。いつものように嘲笑の発信をする。

日々アンチが増えていったが、所詮その内実は非力な女たちだろうと高を括っていた。国外逃亡すべきなのかもしれないとは思ったが、身の安全よりも選挙での勝利のほうが優先事項である。考えの末、彼はSPを雇うことに決めた。

VIP専用の超一流サービス。値は張るがこれなら問題はないだろうと全てを任せていたところ、なんと送られてきたのは女だった。なにかの手違いだろうか、性別指定はしていたはずである。不満に思ったが、しかし話を聞く限り考えに問題はなかったので惰性で雇うことに決める。所詮はSPであり、あまり興味がなかった。

実はこの女性、アケミの親友だった。これまでもVIP向けに秘書やSP業を行ってきたのだが、親友を殺した憎き男がSPを雇おうとしていることを聞き、諸々の工作をしてここまで来たのだ。もちろんふりをしていただけで、むしろ彼女はアンチレイシストである。

彼女は同じくアケミの親友たちと計画を立てる。何をすべきかは皆共通して同じことを考えていた。

ある日の街頭演説後、突然彼は車で拉致された。一体どれほどの時間がたったことだろう。麻酔での長い眠りから目を覚ました彼は、股間に違和感を覚える。無い。代わりに彼は、散々忌み嫌ってきたアレを見つける。彼は発狂した。器用に形成されたヴァギナを引きちぎろうと試みるが、彼には出来なかった。

次の日から、彼はフェミニストとして活動を始めたらしい。


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