見出し画像

ワンス・アポン・ア・タイムinダイアリー 3

3、夏祭り

 僕らが小学校6年生の夏休みのこと。
 僕と直樹と由紀ちゃんは今度は3人で瀬戸内海に浮かぶ島へと出かけていきました。

 僕らはまた海で泳いだり、釣りをしたりして過ごしていましたが、日記の幽霊から「クラゲには気を付けろ。」と指示が出されていて、たしかにところどころ白い半透明のクラゲがふよふよと浮いていました。
 地元の子によると、お盆を過ぎた頃になると海にクラゲが増えてくるそうで、裏側のゴニョゴニョした触手の部分に毒があり、そこで刺されると腫れてとても痛いのだと言っていました。しかし、上側のぷるんとした部分には触手がないのでそちらからひっくり返せば手ですくい上げることができるのだと教えてもらいました。
 僕らは面白がってクラゲを捕まえてはコンクリートの壁の上にどんどん並べていき、乾いたらどのくらいまで縮んでいくのかとワクワクしていましたが、干上がってしまったクラゲは殆ど跡形もないくらいに蒸発してしまったのでした。
 浜辺でたぶん20匹以上捕まえたと思いますが、そんな僕らのクラゲ掃討作戦の成果もあってか海水浴場からクラゲの姿がかなり減ったように思われました。

 小さな島には歩いて行ける範囲で二つの海水浴場があって、一つは僕らが泊まっている民宿や港がある集落の近くにある砂浜で、もう一つはちょっとした山の間の峠を越えた島の反対側にありました。
 近くの海水浴場は、堤防で囲まれて目の前には近くに他の島もポツポツとあるので波がなくて安心して泳げましたが、もう一つの方は近くに島影もなく水平線まで開けていたので広々とした海原が眺められましたが、少し波があり「子供だけで泳いじゃダメだよ。」と言われていました。しかし、そっちの砂浜には貝殻や流木などの漂流物なんかも転がっていて、もしかしたらお宝が流れ着いているかもしれないと、僕たちは童話に出てくるみたいな宝箱を夢見て流木をどかしてみたり、砂浜に穴を掘ったりして探しみたのでした。

 結果大したものは見つけられませんでしたが、僕が見つけた小さな薄いピンクの貝殻を由紀ちゃんにプレゼントすると「ありがとう。宝物にするね。」と、とても喜んでくれました。
 由紀ちゃんはそれを持って帰っておじさんに見せると、おじさんは器用に穴をあけて紐を通しネックレスにしてくれたので、由紀ちゃんはそれ以降いつもそれを首から下げていて、直樹や島の子たちに見せびらかして、「いいでしょ。」とニカッと笑って自慢していました。
 島の子たちにとっては別段もの珍しい貝殻でもなかったでしょうが、由紀ちゃんの胸元で揺れる薄ピンクの貝殻は明るく笑う彼女にとてもよく似合っていました。


 僕らが家へ帰る前日の日曜日、島の神社では夏祭りが開かれていました。
 境内に10店くらいの出店がでくるらいの小さなお祭りでしたが、漁師達の村のお祭りということで、僕らの家のあたりとはかなり趣が異っていました。
 まず午前中は船に乗るんだと言っていて、港のあたりに人が集まって、木でできた10人乗りくらいの船に法被にふんどし姿の男たちが乗り込んで5、6隻くらいで競争をしていました。
 船首には僕らくらいの子供が法被姿で立って大きい扇みたいなのをふって櫂を漕ぐ大人たちを鼓舞していて、船尾には大きな太鼓をのせてドンドンと打ち鳴らしていました。
 競走は港から見えている範囲の2、300m位を真っすぐ突っ走って終わるみたいで、それを何度も繰り返していました。
 船首に立っている子供の中には、僕らの遊び仲間になっていた知った顔もあって、グラグラするだろう船の上で捕まるところもなく立って扇を振っているのですごいなあと感心したり、時にグラついたりした時にはヒヤヒヤしたりしましたが、いつしかその内の一人がダッパーンと海に転落してしまったのでした。
 「うわ落ちたぞ。」とか「大丈夫か。」とか僕らはざわついていましたが、大人たちはレースを中断してテキパキと船を旋回させ、あっという間に救助してしまいました。たぶんよくあることだったのでしょう。
 転落した子も港に戻ってくると「チキショー落ちちった。」と悔しがっていて、僕らも海の神への供物に島の子供を生け贄に捧げるという残酷な祭りを目にせずに済んでホッとしていたのでした。

 午前中の船祭(名前はなんだったか忘れてしまいましたがそんな名前)が終わると、皆ゾロゾロと港から続く丘の上にある神社に集まって、大人たちは昼からビールやお酒を出して宴会を始めて、神社の境内や周りでは子供たちが遊び回っていました。
 僕たちも出店をまわってタコ焼きやイカ焼きなんかを買うと神社の軒下に座ってお昼ご飯にしました。
 由紀ちゃんはおばさんに浴衣を着せてもらっていて、少し動きずらそうでしたが水色に花柄の浴衣がとてもよく似合っていて、胸元で僕のプレゼントした貝殻が揺れていました。
 家を出る時、由紀ちゃんは「どうかな?似合うかな?」とはにかんでいて、直樹は「うん?まあまあ。中の中の下。」とわざわざ嫌われるようなことを口にしていたので、僕は素直に「とってもよく似合ってる。貝殻のネックレスも。」とグッドポーズをしたので、由紀ちゃんは恐い顔で直樹にガンを飛ばしてから僕の方を見てニッコリ笑ってくれたのでした。

 そんな僕でしたが、その日は日記の幽霊から指令が出ていて、内容は「由紀を守れ!」というものでした。
 平和そのものに見える島のお祭りの日に危険が潜んでいるとは思えませんでしたが、僕は抜かりなく周囲を警戒していて、海に落ちた奴が海水で濡れた手で由紀ちゃんに触れようとするのを払いのけたり、神社の石段で躓きそうになる由紀ちゃんをささえたりしていました。そして、このお祭りの思わぬところに危険がひそんでいたことに後に気付かされることになります。

 お祭りの出店の一つにくじ引き屋が出ていましたが、その景品に大小様々な水鉄砲がずらりと取り揃えられていたのです。
 ハズレだと小さな手のひらサイズで、当たりになると何だかバズーカみたいな大きい水鉄砲なんかもありました。こんなものを子供が手にした日には、さっそく包みをあけて友達に試し打ちしたくならないわけはありません。
 最初はキャッキャと遊んでいたガキ供でしたが、やがて始まった小競り合いは島のガキ大将をリーダーにした地元軍閥と、僕ら民宿に泊まっていたり帰省中の子供たちが集まった連合軍による大戦争へと発展していったのです。
 唯一の水場である神社裏手の水道周辺は休戦協定がしかれていましたが、バケツや桶に水をため込んで自陣に補給地点を作った僕たちの間に壮絶な撃ち合いが火蓋を落とされました。
 途中からは、出店ででていた水風船を敵地に投げ込むという戦法も開発され、熾烈な戦闘が繰り広げられました。

 ここに至って僕は日記の幽霊の言っていた「由紀を守れ。」とはこのことだったのかと理解したのでした。せっかく着せてもらった可愛い浴衣をビショビショに濡らしてしまうわけにはいかぬ、と僕は使命感に燃えました。だったら紛争地帯を抜けて、大人達のいる境内の安全地帯に移動すればいいような話ですが、僕も由紀ちゃんもそれは何だか違うような気がしていたのでした。
 そんな訳で僕たちは木々の間に身を隠しつつ、由紀ちゃんへの攻撃を防ぎつつ敵に水鉄砲を浴びせていったのでした。由紀ちゃんも「えいっえいっ。」とハンドガンサイズの水鉄砲を振るっていました。
 直樹はとても活き活きして木々の間を躍動したり、匍匐前進したりして敵兵に大量の水鉄砲を浴びせて、また自分も同じくらいビショビショに水を浴びていました。

 やがて由紀ちゃんは、ハアハアと息をきらせながら笑って「ちょっと疲れたね。」と言ったので、「こっちだ。」と僕は手を引いて神社の裏手の石段と倉庫の間のスペースに連れて行きました。

「ここなら見つからないから、隠れてな。」

 ちょっと前に見つけていた場所で、誰かが近くを通っても死角になっているので見つかる心配はありません。
 僕はそのまま出ていって戦列に復帰しようとしたのですが、由紀ちゃんは僕の手を引っ張ってしゃがみ込み「ちょっと一緒に休も。」と言ってきたので僕もしゃがんで一息つくことにしました。
 タタタタと近くを誰かが走り抜ける足音が聞こえ、さらにそれを「待てー。」という声が後を追っていきました。僕たちはシーっと口元に指をあててシシシシと声をたてずに笑いました。
 どちらの軍勢か追う者たちが去って行くと、由紀ちゃんは僕の方に向き直って「隆兄ちゃん、守ってくれてありがとう。」と言ってニコッと笑いました。
 僕は「争いなんて醜いことさ。」とかっこつけて煙草をフッと吸う素振りをしてみせると、クスクスと笑いました。
 そして由紀ちゃんはズイっと僕の方に顔を近づけてきたかと思うとチュっとキスしてきて、フフっと笑った顔が僕より一つ下の筈なのにやけに大人びて見えて、僕はなんだか頭がボーっとしてしまい、僕を見つめる彼女の黒い瞳に吸い込まれそうで、そこだけ時間が止まった世界はいつの間にかミンミンうるさいセミの声も止んでいたのでした。


つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?