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1日の感謝を鏡の前で

「今日も1日ありがとうございました。」

よく聞く言葉だけど、
わたしがこの言葉を聞くのは、だれもいない洗面台の前。

仕事関係者や友人、家族に言うことはあっても、自分自身にこの言葉をかけたことはなかった。

いちばん自分がお世話になって、いちばん自分のために動いてくれているのは、自分の肉体なのに。

そう気づかされてからは、毎晩お風呂上がりに鏡の前で

「今日もありがとうございました」
「今日はこんな日でした」
「こんなことをがんばれました」

と自分の肉体を労い、丁寧に肌や髪の毛を整えるようにしている。

そうすると不思議と、誰にも褒められなくても、すこし嫌なことがあっても、いままでよりほんのちょっと穏やかな気持ちでいられる気がするんだ。

「自分自身を認める」とか、「自己肯定感を高める」とか、抽象的かつ綺麗事と感じていて、ピンとこなかった。

この儀式は、"自己肯定感"のためにはじめたわけではないけれど、結果的に自分自身を慈しむことにもつながっているのかもしれないな。

わたしがこの言葉を毎晩唱える理由はひとつ。
「自分の肉体にお礼をするため」。

精神と肉体はそれぞれ存在してる、という考え方のもとで、「わたしの精神」から「わたしの肉体」へお礼をしているというイメージ。

なに言ってんのこいつ。って人によっては全然思うだろうけど、わたしはこの概念が腑に落ちたときから、とても心が落ち着くようになった。

わたしがこんなことをしているとは知らない夫と母親からは、「顔つきが穏やかになった」とも言われた。ほんとかなぁ?

いままで鏡や自分の映っている動画を見るたびに、自分じゃない気がして気持ち悪かったけど、その感覚にも納得して向き合えている。

今日も自分にお礼を言ってから眠りにつこう。

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