歳を重ねる素晴らしさ

歳を重ねるという言葉。
なんか素敵だ。
子供の学校で先生たちと立ち話していたときに私が言った言葉。

その場にいたおばちゃん、いや一人はお婆ちゃん先生。ジロっと私を見て、二人の先生がワチャワチャと
えーーー体にガタは来るしーーー痛いかゆいが多くなるし、と出てくる出てくる。
私は、二人を見て可笑しくなった。
そんな私を見て二人も笑う。

この二人。私のお気に入りの先生だけれど、うちの子供は教えてもらっていない。

彼女たちを見ていても人生の深みというのが見える。その間でゴシップをささやきあうし、本当に楽しい。

この年になって醍醐味だなと思う1つは、人の成長を見られること。
人、というより子供、の。

私は、子供が周りにいない独身生活を送ってきた。
引っ越しも多かったせいか、子供のいる人と出会っても、そのつながりが続くことはほとんどなかった。
だからか、子供の成長を見届けるということがなかった。

この国に来た日。最後の乗り換えを待っているゲートで知り合った一人の友人。
もう20年以上前のこと。
彼女とも何気なく付き合いが続き、彼女は日本に帰り、お見合い結婚をした。
それからは年に一度のクリスマスカードの交換のみ。
子供が生まれ、二人目も生まれ、幼稚園、小学校、中学、高校受験を通り、進学。
で、上の子が今年大学に入学した。と数日前手紙が届いた。
コロナの影響か、いつもなら一週間かそこらでくる手紙。それが一ヶ月かけてやってきたのだ。
中に入っていたのは家族写真。
彼女のご主人のご両親、多分義理の弟さん、そして息子ちゃん二人。

やんちゃな写真が多かった昔。
今はお父さんの背丈を軽く越した二人の息子ちゃん
友達はしっかり家庭を守りました!の貫禄と彼女の持つ朗らかさが見える写真だった。

あったことのない子どもたち。でも、彼らの成長を友達のおかげで見ることができた。
自分のことのように嬉しく感慨深いものだった。
そして何よりも子育てに全力で走っている彼女の達成感が見える笑顔も嬉しかった。

そんな手紙に感動していた翌日。
私は、地元の友達の娘ちゃんの卒業祝いを買うのに車を飛ばしていた。
ギフトカードを買い、バルーンのブーケを買い。
子供を習い事でひろい、友達の家に向かった。

バルーンがこの暑さで爆発しないかあたふたするハイウェイ。

何かと忙しい娘ちゃんは案の定留守。
子供と友達の妹ちゃんは家にいて、私と友達が立ち話をしている間、二人は目の前の公園に行った。

自分のギフトかのように、驚く友人。
彼女も自分の子供の成長が信じられないようだ。
本当は進学で海外に9月から行くはずだったけれどコロナでとりあえず保留。
しばらくは家から通いながらアルバイトをするという。

娘ちゃんは出会ったときは小学五年生。あのときすでにお姉ちゃんだったけれど、今も変わらず優しくみんな憧れるお姉さんに成長した。
自分の好きなフィールドで、キャリアを積み、その関連の学校に行くはずだったけれど、人生いろんなことがある。
コロナが収束次第学校へ入る手続きを進めるらしい。

友達は知り合ってしばらくして離婚し、娘ちゃんはかなり大変だった。幸い友達は両親と住むことができ、なんとか乗り越えられたけれど、ここまでくる道のりは真っ直ぐではなかった。
いろんなことがあった義務教育時代。
娘ちゃんは立派に成長した。
プロムで着るドレスの写真をお礼と送ってくれたけど、とても、とてもきれいだった。

年だからか!?涙がもろくなる。
携帯の画面にぽつりぽつり、自分の涙が落ちてきて娘ちゃんの笑顔がぼやけてしまった。

30代の私にはこんな感情があっただろうか。
やはりこれも、年齢なのだろうか。

友達の子供の成長がこんなにも感慨深く嬉しいものとは知らなかった。

去年も親友の子供の卒業で感動し、喜びに溢れていたけれど。

改めて思う。歳を重ねるって、悪くない。
嬉しい瞬間を共有できる人がいて、笑顔をくれる。
痛いかゆいもきっと帳消しになるくらい、こういう喜びって素敵なことかもしれない。

これからの人生、この深い喜びを味わっていきたいものだ。

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