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vol4 悲しかった日

前回の記事の続きです。前回までをお読みでない方はよかったらこちらをお読み頂けると嬉しいです☺

前置き&注釈です!
さくなりは、今、とても元気です。
そして、この頃、学校の先生とも色々ありましたが、
今は、本当に本当に感謝しています。
教育委員会の皆さんにも、本当に感謝をしています。
ただ、最初にわかってもらえなかったっていう寂しさがあるだけで、
そこも、理解して頂けて今は本当に感謝をしています。
どうかどうか、その上でお読みください(*^_^*)

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学校と、さくなりと、イブラヒムと。

大人に混ざって、少しずつ少しずつ、自分のできることを始めて行こうとしているさくなり。

加納さんから、こんなパスをもらって、

こんな風に返信しながら。

少しずつ少しずつ。
大人に混ざって自分のできることを探していったのでした。

加納さんたちは、イブラヒムに車椅子を送ろうと頑張っていて。
さくなりは、バスケットボールを送ろうということになりました。

近所に住む、もう一人の学校に行っていない
さくなりの幼なじみの女の子と一緒に、
こんなチラシをパソコンでチラシを作ったりして…。
パソコンを教えながら、少しずつ少しずつ。




この活動を、学校にも協力してもらえたら、
さくなりも、幼なじみの子も、少しは友達とまた関われるかもしれない。
そんなことを感じるようにもなりました。

そんなある日、校長先生に、イブラヒムのプロジェクトのこと、
バスケットボールを集めようとしていること、
何か協力してもらえないか、一緒にできないか…
ということを相談に行きました。

校長先生はしっかりと話を聞いてくれました。
「何か協力したいが、モノとなると学校としては難しい。
 例えばメッセージだけでは難しいでしょうか?」と。
確かに、と思いました。
真剣に受け止めて下さったことも、とても嬉しかったです。

担任の先生に相談すると、
シリアやイブラヒムについての動画(さくなりも見たもの)
を授業で見て感想を送ってくれることになりました。
協力してくれること、本当に嬉しくて・・・

その授業なら、さくなりも行くというかもしれない。
皆と何かできますように。。。

そんな思いでいました。

泣きながら先生に思いを伝えた日のこと

イブラヒムの授業に向けて。
メッセージカードを用意しようとしていました。
どんなデザインだといいんだろうと考えたり。
イブラヒムの活動をずっと応援してくれている
ディレクターさんにも相談して、
長男と話ながら。
シリアの国旗を入れようか・・・
などなど考えて。

こんなデザインにしよう!などなど。
シリアの国旗は、『★』が2つものと3つものがあること
などを、ディレクターさんから教えてもらっていました。

イブラヒムの授業までに用意をしなくちゃ!
と忙しい中、バタバタと。。。でも、少し楽しみにしていました。
4月後半ごろ、と聞いていたので、連絡を待っていました。

そんなある日、仕事から戻ると…
先生に貸してあったDVDと、授業の感想が
リビングの机の上に置いてありました。

『えっ・・・授業、終わったの? 
さくなり、今日イブラヒムの授業やること、聞いてた?』

『 ・・・知らない。 さっき、先生が持ってきた。 』

イブラヒムのこと、ここまで一生懸命、自分で調べて、
本も読んで…。頑張ってやってきて。
イブラヒムのことをやるなら、学校に行こうかと、悩んでもいただけに。

「ありがとうございました」
というメモとともに、返ってきたDVDを見ながら、
無性に悲しくなってしまいました。

どうして授業をすること、教えてもらえなかったんだろう。
どうして、「さくなり君も来ませんか?」の一言を
もらえなかったんだろう。
どうして、さくなりをいないもののように扱うんだろう。

色々思い、ため息をついて
諦めようかと思いました。
でも、さくなりの顔を見た時に…。
何とも言えない、悲しそうな顔を見た時に。

ちゃんと、言わなくちゃ、と。
夜も8時を回っていましたが、学校へ行ったのでした。

担任の先生はもう、いなかったのですが。
教頭先生に話を聞いてもらいました。

●授業の連絡が来るのを待っていたこと。
●この授業が、彼が学校に戻れるきっかけになると思っていたこと。
●これまでも、悲しいことがあったこと。
・・・・なんだか、堰き止められていたものが
流れていくように出てきました。

涙が、溢れてきて。
泣きながら、ひとつひとつ、伝えました。


『誘ってもらっても、行けないと思います。
でも、私は、行けないことが悲しいのではなくて、
行くかどうかを選べないことが悲しいんです。
教えてもらえないことが、悲しいんです。
あの子を、いないもののように扱わないでほしいのです。』

そう、伝えました。

たくさんの、素敵な仲間に、本当に大切にしてもらって。
大切にしてもらうっていう事がどういうことか、
肌身で感じられるようになっていたのだと思います。
だから、大切に扱われない、ということがどういうことかも
分かるようになっていたのだと思います。

さくなりも、私も。

数日、引きずってしまって、心配した同僚の
心理の先生がカウンセリングの時間をとってくれました。
相談したときに言われた言葉が忘れられません。

「勉強ができることと、頭がいい、ということは違います。
勉強ができることと、人から愛されることも違います。

この子は、お母さんより冷静ですよ。」

 本当に、この時はさくなりが冷静でした。

「母ちゃんは、人に期待しすぎなんだよ。
 だから傷つくんだよ。」


そんな風に、言ってくれていました。

この間も、色んなミーティングや、イブラヒムの出身でもある
シリアの勉強会に出させてもらっていました。そして、
学校には行きませんでしたが、サッカーの練習は週5でちゃんと行き、
ミーティングにもちゃんと出てくれていました。


不思議なことに、教頭先生に泣きながら話したことは
担任の先生にうまく伝わってなかったりもして、
再び今度は担任の先生に泣きながら話をすることにもなりました。

「傷つけてすみませんでした」と。
「でも、さくなり君の事をクラスメイトとして大切に想っています」
と。

初めて、学校の先生から
「いつでも待っています」
そう、声を掛けてもらって。

そんな風に、思っていてもらいたかったし、
ずっと、そんな風に言ってもらいたかったんだと。。。
そう思っていた自分に気付きました。

この時は、まだ2021年5月。
イブラヒムのパラリンピック出場は決まっていませんでした。
パラリンピックがあるかどうかも、分からなかった。

こんな思いを経て・・・
アルバム作りが始まっていったのでした。


・・・続く

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