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私から見たチンペイ

チンペイが死んだ。

私から見てチンペイはアリス+面白い歌をいっぱい作った人です。説明の必要があるのかわかりませんが、アリスとは70年代後半から80年代初頭にかけて爆発的な人気を誇ったフォーク・ロック・グループで、メンバーは谷村新司(チンペイ)、堀内孝雄(ベーヤン)、矢沢透(キンちゃん)です。

率直に言って、私はアリスが日本の音楽グループの中で一番好きでした。

僕くらいの歳、今50歳前後の人間には、チンペイとベーヤンの二人はウェットこの上ない半端な演歌歌手として売れていた印象がほとんどだと思います。しかしアリス時代に着目して見れば、彼らは意外な程にドライでアメリカ的な洋楽志向のグループでした。

何でもアリスは、あのウッドストックの口火を切ったリッチーヘブンズというグループの、パーカッブシブなフォークロックサウンドを模範としていたらしいです。今は便利な時代でYoutubeでも妙に艶々した若きチンペイたちアリスのコンサートの模様を見ることができるのですが、僕の目にはリッチーヘブンズより、同じくウッドストックを盛り上げたラテン・ロック・グループのサンタナあたりの高揚感をアリスは真に受けていたのかなと推測されます。

チンペイたちは世間のイメージ程、日本的な湿り気に満ちたグループではなく、それどころかサボテンすら枯れさす南米の太陽の如くカラッとした音楽トリオでした。 
僕はアリスの映像を見るたびに思うのですが、彼らは洋楽が固有名詞として「洋楽」と呼ばれていた程、現在よりも洋楽が特別視されていた時代に生きながら、洋楽というものに対して何の解釈もしなかったと思うのです。

先に何気に「真に受けて」と書いたのですが、いわば彼らは清々しいくらい、洋楽の「ノリ」をそのままやっちゃってる。そこにはインテリ的な自意識過剰や、恥への恐れや、自己防衛のために自己否定を予め行って批判への予防線を張るといった小細工は、一切ありません。というより考えたことが無かったのだと思います。チンペイたちのこの無思想性はスゴイです。マネしたくても出来ない類のものです。(もちろんこの人たちの音楽的なスキルと才能が恐ろしく高いからなのですが)

無思想性ゆえに、チンペイたちは多くのおばちゃん(当時は若い)たちに意地の悪い知性による攻撃など仕掛けることはなく、おばちゃんたちの存在を全肯定しました。その安心感は即大衆性へと繋がり、気がつけばチンペイたちは日本中のスタジアムを満員にし、日本武道館3日間コンサートを大成功させる程のスーパーグル―プとなってしまったわけです。

アリスの歌詞はほとんどチンペイが書いていたわけですが、これがまたスゴイ。
大衆性ということに関して曲調以上のものがあり、これはもう例を出した方が早いのですが、ドラマ―のキンちゃんが作曲した「逃亡者」という歌に(代表曲というわけではない)

「女はやっぱりメキシコ!酒ならやっぱりテキーラ!」

という、えげつないフレーズがあります。スゴイでしょ?まともに考えたら問題だらけの歌詞なのですが、ここまでふっきれてしまっていると、ジェンダーや排外主義の議論に上がることはまずないと思います。このノリは明らかに酒を飲み過ぎたおっさんが全裸でダンスをしており、言ってみればただの変態です。相手に恥をかかす前に、当の本人が相手よりも遥かに恥をかいているのだから、そこにクレームの入る余地はありません(迷惑かもしれませんが…)

そもそもチンペイの作る歌詞には、人生の苦悩とかイデオロギーとか言った背景は何ひとつ無く、民家の裏庭の黒土に当てずっぽうにスコップを入れ、石油を掘り起こそうかとするかの如く勢いそのまま、全くワケのわからない感動を湧き起こし、強引にゴールへと突き進んでいく有様は、聴く者に考えるヒマを与えません。興味のある人は「遠くで汽笛を聞きながら」「チャンピオン」「昴」「いい日旅立ち」「サライ」等、チンペイの代表曲でかまわないので、その詞世界を分析してみて下さい。おそらく何も出てこないと思いますが、そこには得体の知れない感動があります。

本当に恐ろしいのは、そんなチンペイの素頓狂な歌詞にいっさい迷うことなく曲をつけるベーヤンこと堀内孝雄なのですが、ここを深めると話が長くなるのでまた別の機会にします。チンペイは作曲の方もスゴく、僕はチンペイとベーヤンこの二人こそが、日本のレノン=マッカートニーだと思っています。

しかし、アリス後期の羅針盤の無い航海には、さすがに生身の人間でもあった彼らも疲れたのか、それとも状況がよくわからなくなったのか、81年に一端バンドを解散します。チンペイの歌詞は行きつくとこまで行ってしまい、悪徳宗教団体も裸足で逃げ出す「ハンドインハンド」という、狂気と爆笑と高揚に満ち満ちた世界を想像してしまいます。当時アリスの後楽園コンサートに行った人たちは、本当に隣の席の知らない人と「ハンドインハンド」したのか気になります。

ですが、こういった若いアリスの珍道中のほとんどは僕が幼少期の出来事で、後になってからアリスの若い頃を僕は当時のレンタルビデオで確認していたのです。

実際に僕が若かったのは90年代で、当時はアリスとは比べものにならない、ダサくない洗練されたJロックがたくさん出てきた時代でした。ところが、僕はどうしても同時代のJロックというものに馴染めませんでした。誓って言うのですが、これは完全に僕の感性の問題であって、当時のJロックが良くないだなんて全く思っていません。

でも、僕自身は悲しいことにJロックが駄目でした。何というか彼らは全くダサくなかったのです。同時代の洋楽のエッセンスの中から、東洋人のルックスと発音で通用する、いやむしろ東洋人がやるからカッコいいオルタナティブな要素やノイズ的な部分を抽出改良し演奏や歌に反映させ、決して恥をかくことのない、洗練された日本のロックが確立された時代だったと思います。当時はCDが最も売れ、街ゆく人はタワーレコードの赤文字ロゴが印刷された黄色い手提げ袋をお洒落に手に下げ、またロックフェスの黎明期でもあり、反面バブル景気はとっくに崩壊し、ロスジェネ世代は不景気と就職難と失われた20年に突入していくのです。

話が暗くなるのですが、ロスジェネだとか氷河期世代だというのは、後からわかったことであって、当時の若者たちは何だかんだいって平和な日本だから、人生は何とかなるという気楽な気分がほとんどだったと思います。少なくとも僕にはそういうトコがありました。今、ある意味何とかなっているとは思うのですが、一般論として日本ピープルの生活レベル全般が落ち込んでいる現状は、この2023年明らかだと思います。(角度を変えて物事を見れば話はまた変わってくるとは思いますが)

リスナーたちが自分たちの危機を自覚していないわけですから、当時のJロックは同時代の苦悩を表現したり、代弁したりすることは必然的に不可能なわけで、どれだけダサくないロックがそこにあろうとも、ロックの肝心な部分が欠けていました。

話が反れましたが、そんな理由で僕は90年代Jロックに全く馴染めず、(ひとりで)フェスに行ったとしても、家に帰ればアリスのDVDを鑑賞する自分がいました。さすがに当時は
「アリスのDVD鑑賞(何かイヤだ)」という自分の趣味を肯定するほど人生を達観できておらず、友だちには秘密にしていました。それほどJロックとアリスとの相性は悪く、その証拠にアリスが下の世代から再評価されロックフェスに出演したという話は聞いたことがありません。リアルタイムで聴いてた人が、聴いているだけです。

僕の時代のJロックは、アリスの野暮ったさを避けることができました。でも、そんな風に何がダサくて何がダサくないかを、互いに注意する息苦しさよりも、ノリ・楽しさ・意味不明の3拍子で突き進んだアリスの方が余程欧米のロックに近く、そっちの方に親近感を覚える自分をカミングアウトすることができます。今なら。

話がアリスのことばかりになったので、最後にチンペイ単独のエピソードを書きます。
政界を引退する前の橋下徹が大阪府知事だった時分、彼の発言がいろいろと物議を醸し出していたのですが、たまたまあるワイドショーにコメンテーターとして出演していたチンペイが「橋下さんの言葉には‘ころも’が無いよね。‘身’しか無いよね」と発言し、他の出演者全員が「?」な空気に染まっていたのを思い出します。「橋下徹はずけずけと物を言い過ぎる」といったニュアンスを伝えたかったのでしょうか?だったらそう言った方が簡単なのに。結局チンペイが何を言いたかったのか、今もって全くわかりません。

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