竹ノ内の楽しい免疫学入門 (11)
命令がどんどん正確に:親和性成熟
IgMは“濡れ手で粟“、反応すべき抗原(の候補)を沢山つかんで司令本部に持ち込むのが役目だったわけですが、IgG抗体は自然免疫系の細胞に「これは異物だよ」、と教えてあげなければいけないのですから抗原に対して特異性(抗原とそれ以外のタンパクを正確に見分けられる)と親和性(特定の抗原に強く結合する)が高くなければいけません。
活性化したB細胞はAIDという酵素をつくるといいました。AIDは転写がまさに行われている一本鎖DNAに働きかけてシチジンをウリジンに変えてしまう酵素なのです。活性化したB細胞で活発に転写が行われているのはBCRの抗原に結合する部位、可変部(Fab)です。AIDが可変部のシチジンを「適当に」ウリジンに変えてしまうと、細胞がもともと持っているDNAの修復機構が働いて繋ぎなおすのですが、この修復機構、結構いい加減なのですね。蛇足ですが、遺伝子は細胞の設計図として不可侵なもののような印象がありますが、紫外線や化学物質などで傷つくこともしばしば。すべての細胞はDNAの傷を治す酵素をもっています。但し、この修復酵素、(相補鎖が残っていればまだましなのですが、)もともと何があったかわからなくなっても適当に繋いじゃったりするのですね。塩基配列の三つ組みには重複があることが多いので、塩基が一つくらい変わっても実害がないこともあるのです。つなぎ目の配列を間違えて必要なタンパクを作れなくなれば、その細胞はアポトーシスにより除去され、運が悪いと異常なタンパクを作るようになってガン化し個体の生命を脅かすことになったりします。年齢を重ねるとガンを発症しやすくなるのは積み重なった「適当」に首が回らなくなるからとも言え、一種の老化現象なのです。
それはともかく、B細胞の場合は、自ら一本鎖DNAに変化を加えるわけですから、これが変異として可変部に現れます。DNAにわざわざ傷をつけるのは体の中でB細胞だけで、この現象を体細胞突然変異(または体細胞超変異)といいます。適当におこす変異ですから、個体にとっていいものも悪いものも適当にできてきます。適当であっても、活性化B細胞がいるのはリンパ節の胚中心といわれるところです。変異の結果、抗原に対する親和性が低くなってしまうと、濾胞樹状細胞が保持している抗原に結合していられないため、そのB細胞は反応の場所からドロップアウトしてしまいます。では逆にもともとある抗体よりも強い親和性で抗原に結合する抗体ができたら?その場合は濾胞樹状細胞上の抗原に強く結合し、T/B境界に長く居座ることができるのでT細胞からのシグナルをよりよく受け取ることができ、今度はそのB細胞クローンが増殖します。これを繰り返すと、一個体としては後になるほど作られる抗体の親和性が強くなったように見えるので、この現象を抗体の親和性成熟といいます。B細胞は体細胞突然変異とT細胞のチェックを2~3回繰り返した後、いい抗体ができると形質細胞に分化し骨髄に移行して大量の抗体を分泌するようになるか、メモリーB細胞になって次の感染に備えます。目撃情報が増えてくるとモンタージュが犯人に似てくるのに似ていますね。でも、どれほどよく書けてもモンタージュは犯人そのものを超えることがないように、抗体の親和性にも上限があります。抗原が体の中に入ってから、親和性が上限に達するまでの時間が免疫応答の起きている時間になるので、実は免疫応答は異物が排除されるより前に終わっていることになりますね。
一部のB細胞をメモリーとして取っておくと、次に何か病原微生物が侵入してきたときに親和性成熟をある程度の親和性がある抗体から始めることができて、早く上限に達することができるようになることがあります。例えばインフルエンザに罹った次の冬に予防接種をしなくても感染を免れた経験はありませんか?流行するインフルエンザの型は毎年違うはずですが、罹患してすぐだと発症しなかったり症状が軽くすんだりするのは、親和性成熟がプラトーに達するまでの時間が短くて済むからであることも関係しているといえます。
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