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竹ノ内の楽しい免疫学入門 (1)

1.免疫系の制御
私たち哺乳類は何十万年もの長い間、ウィルスやバクテリアなどの微生物との戦いを続けてきました。私たちは時に、微生物によって絶滅させられるところまで追い込まれたり、微生物を絶滅に追い込んだり、あるいは進化の力として利用したり、様々に関わり合いながら攻防を続けお互いの戦法を磨き上げてきたのです。免疫学はその攻防戦を、防御の側から学ぶ学問です。「攻防戦」とはなんだか物騒ですし、生体防御の主役である白血球の働きは軍隊並かそれ以上に整然として機能的ですが、どれほど巧みな戦術を身に着けても白血球は防戦しかしない、外へと侵略することはありません。そこが白血球の、平和的で優れて興味深いところでしょうか。愛すべき白血球たちがつくった巧みな生体防御の世界を一緒に覗いていきましょう。

生体防衛軍のキャストたち
もしも自分が国を守る軍隊を組織するとしたら、どんな役割のどんな性格の兵隊をどんなふうに配置するでしょうか?前線には見張りを置きたいですね。情報を伝えてくれる伝令兵も必要です。参謀には沈思黙考型と電光石火型の2タイプがいるといい作戦ができますね。破壊力の強い武器をもった兵隊ももちろん欲しいですね。前線と作戦本部は離れていた方が攻め込まれたときの被害が少なそうです。でも作戦本部にこもり切りの将校の命令は現場に通らないかもしれません。現場で陣頭指揮をとるヒーロータイプもいて欲しい…。
そんな理想の軍隊が私たちの体の中に既に存在して、防御網を展開しているなんて驚きではありませんか?ヒトが思うより早く、ヒトが思うより賢く、ヒトはヒトを守っているのです。

さて、まずは前線の視察といきましょう。前線といっても常に戦争をしているわけではありません。例えば、ヨーロッパの都市では街の中央にお城があって、それを囲む城壁があってその外には穀倉地帯が開けていて、外国と国境を接している、というところがよくありますね。そんな風に、体の中で内と外の境界にあたる場所、多くの細胞が生体防御とは関係なくその細胞本来の生命活動を営んでいる場所、例えば皮膚や粘膜ですが、こういう場所には大きな軍隊を配備する必要はありませんし、強力な武器も要りません。駐在所のお巡りさんが時々パトロールして注意してくれればまずは十分といえます。このように、末梢の組織で警ら隊を作っている細胞は、貪食細胞といわれるマクロファージと樹状細胞です。貪食細胞は、様々な細胞の「隙間」に隠れていて、怪しいものがあると、とにかく飲み込んでばらばらに消化してしまいます。貪食細胞が何を怪しいと思うかは「厳密」に決まっている必要はありません。おまわりさんの職務質問は結構いいところをついている、というぐらいの当たり方でいい。とはいえ、善良な市民と怪しい人物を見分けるための基準のようなものは必要です。そこで貪食細胞は、細菌やウィルスによくあって普通の細胞にはない分子、例えば細菌の細胞壁の成分や寄生虫の鞭毛の成分、ウィルスの一本鎖DNAなど、に対するレセプターを持っていて、これらのレセプターが反応すると、とにかく素早く相手をのみこんでしまうのです。このレセプターはせいぜい十~数十種類と考えられていますが、典型的な異物の分子を見分けられるという意味で「パターン認識レセプター」(Pattern Recognition Receptors: PRRs)と総称します。PRRsの中には、そのまま貪食の手掛かりになる貪食レセプターや細胞が活性化して次の防御の準備をするための活性化レセプターなど役割が異なるレセプターが含まれています。一方、認識される分子の方は病原微生物の一部分ですので、「病原体関連分子パターン」(Pathogen associated molecular patterns: PAMPs)と総称されます。さらに、感染症が起きた時には善良な市民こと一般の細胞が傷ついて破壊されることもあるでしょう。これも、普段とは違う事件が起きていることを知るための重要な手がかりになりますね。宿主(病原微生物に侵される私たち自身をそう呼びます)の細胞が壊れた細胞の破片を「ダメージ関連分子パターン」(Damage associated molecular pattern: DAMPs)といいます。専門的な表現を使うと「貪食細胞はPRRsによってPAMPsやDAMPsを検知し病原微生物の感染に備える変化をする」という具合になります。さて、貪食細胞は一種類の細胞ではありません。これもPRRsを介して相手を飲み込める細胞の総称です。貪食細胞の中でも相手を飲み込んだ後どのようにふるまうか、役割分担があるのです。

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