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竹ノ内の楽しい免疫学入門(3)

わかりやすいプレゼン:MHC
このようにして、樹状細胞は抗原を準備するわけですが、この抗原をうまく免疫系の指揮官となる細胞へ提示するために相手が見やすくなるような工夫が必要です。その工夫とは「主要組織適合遺伝子複合体」(Major histocompatibility complex: MHC)といわれるお皿にのせて細胞の表面に出すことです。ちょっと細胞になったつもりで樹状細胞を表面から眺めてみて下さい。細胞の膜の表面にはレセプターや結合分子など様々なタンパク質が浮いているはずです。その中から予想できない多様さを持った抗原を見つけだすには、「ここに抗原がありますよ」ということが分かるように専用の入れ物に乗せてあげる必要があると思いませんか。抗原を乗せるお皿ことMHCはホットドッグのパンのような形をした分子でソーセージのかわりに抗原を溝に挟んでいます。


MHCの溝は二つのαヘリックスと一枚のβシートでできています。MHCには大きく分けてclassⅠとclassⅡがありますが、classⅠもclass2もホットドッグのような基本の形は同じです。ただし大きなMHC分子を作るパーツがclassⅠは三つのαドメインと一つのβドメインであるのに対しclassⅡはαドメイン二つβドメイン二つでできているところが違っています。さらに同じクラスのMHCでも、ちょっとした遺伝子上の塩基配列の違いが指定するアミノ酸の違いを生み、ペプチドを入れる溝の形が変わります。このペプチドを入れる溝というのはそこに配置されているアミノ酸の側鎖の化学的な性質や大きさ、向きなどで形が決まってくるのです。そのため、一つの染色体にclassⅠはA,B,Cの3種類、classⅡはDR,DP,DQの3種類がコードされているのです。同じclassⅠMHCを作る遺伝子がA,B,Cと3つもあることを「遺伝子の多重性がある」といいます。 人間が進化する過程で、(おそらく間違って)もともと一つだった遺伝子が重複してしまい遺伝子の数が増え、さらに元の状態よりも数が多い方が生存に有利であった場合にこのような多重性が生まれることがあります。では3種類といわずもっとたくさんのMHCを持っていた方がいいか、というとそれでは免疫系の指揮官T細胞が目的のお皿を探すのに、関係のないお皿が増えてしまう。おそらく結果として免疫応答の効率が下がってしまうのでしょう、MHCの重複はヒトでもマウスなどでも2つか3つに留まっているようです。


また、人間を一つの種と見たときに一つの遺伝子座に様々な種類のあることを多型性がある、といいます。同じ遺伝子で規定された分子に様々な種類があるというのは、どういうことかわかりにくいかもしれませんので、ここで具体的な例をだして説明します。
下の図は、ヒトのMHC classⅡ分子DRの二つの多型DR15とDR1が同じエピトープを提示した場合にどのような違いがあるかを示しています。
Nature volume 545, pages243–247 (2017)のデータを抜粋して利用しています)


DR15とDR1は同じDR分子ですので、まずタンパクの基本的な形は前ページに示したホットドッグのパンの形です。ただし、細かな変異の違いがあるため、パンの溝を作るアミノ酸が少し異なっています。アミノ酸は側鎖の部分に分子量や化学的な性質の違いがあるので、この違いがMHC分子の溝の形の違いになっています。いま、DR15またはDR1をもつ2種類の樹状細胞が同じタンパク質「collagenⅣα3」を取り込んだとします。どちらの細胞内でもcollagenⅣはファゴリソソームで分解されて11個のアミノ酸が連なった抗原ペプチドになります。これが上の図にある「WISLWKGFSF」というエピトープです。アルファベット1つで1つのアミノ酸を表しています。このペプチドの中で特に注目すべきなのは1つ目と5つ目のW:フェニルアラニンです。フェニルアラニンはアミノ酸のなかで特に側鎖の分子量が大きいのでこのアミノ酸が溝のどこにおさまるかで、ペプチド全体の配置が決まってきます。DR1(図の右側)は溝の中央辺りに比較的広いポケットが空いておりこのスペースに5番目のWがすっぽり収まっています。ですが、1番目のWを収容できるポケットがないので、1番目のWは溝からはみ出して手前側に立ち上がったようになっています。一方、DR15では1番目のWも5番目のWも溝の中にすっぽりはまるわけではなく側鎖が溝からはみ出したようになっています。具材はおなじはずですが、こちらは中身がパンから大きくはみ出たように見えてワイルドですね。このように同じ抗原でも提示するMHC分子のわずかな違いによって全体として見え方が違ってくるというのが、多型の意味です。結果論にはなりますが、例えばウィルスのパンデミックが起こった場合に、ある人は非常に素早く反応して軽症で済み、ある人はなかなか効率のいい免疫応答をおこせず長引いてしまう、といった反応の違いが起こるのは、MHCに多型性があるため抗原の認識しやすさに違いがあるためとも考えられます。遺伝子に変異が残るのはその変異を持った個体が、他の個体よりも生き残りやすい何らかの優位性を持っているからと考えるのが、現代的ですが、これ程様々な多型が維持されているとは、人生に降りかかる困難もそれだけ多様だということでしょうね。誰でもいつかは主人公…といったところでしょうか。参考文献:Nature volume 545, pages243–247 (2017). Dominant protection from HLA-linked autoimmunity by antigen-specific regulatory T cells.

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