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かばん2023.9月号評

9月号掲載の歌からいくつかの歌について評(感想)を書きました。
かばんの前号評は2月後、11月号に掲載されるので、発行されたら執筆された方々の評と比べてみようと思います。(という予定でしたが。12月号の前号評担当になったため書くのが前後し、そうこうしているうちに11月号が到着してしまいました。)
 
◆特別作品から
 
もう少し睡ろうかしら雨の朝はねる水音ゆらぐ鏡面   悠山
「睡」が歌のトーンを淡く調整していて、いいなぁと思いました。音から視覚化への誘導がスムーズで、読み手は狙い通りに脳内で像を結ぶと思います。そして「鏡面」。別世界へ通じる入口が一瞬現れまた消えて・・・まるで夢と現実の境がきらきらと揺れているよう。
 
辻井伸行のピアノ鍵盤にバッタ大発生跳ねる跳ねた跳ねた   ゆすらうめのツキ
ピアノから生み出される音をバッタとしていて、メロディは分からないにしてもその連続した音の高低差やリズム、あふれんばかりの躍動感が伝わってきます。聴覚の視覚化が楽しい歌ですが、人物名を入れることでさらにイメージしやすくなっていると思いました。
 
「はじめての友だちアナタ」嬉しくてやがてかなしいジャミダのことば   ユノこずえ
「はじめての友だち」には(日本の)が省略されていたかもしれませんが、「はじめての」をそのまま受け取れば胸の中でカプセルが解けていくように悲しさが広がっていく。その寄り添う気持ちをあたたかく感じました。
 
昼下がり黙りこくった家並は無口な誓いで組み立てられて   吉野リリカ
昼間の住宅街の家々の静けさを「無口な誓い」としているのがすごい発見。薄々そうだと思っていたことを見事に言語化されていると思いました。
 
◆会員作品から
 
その夢の続き教えてくれないか 人類(ひと)の歩みの果てのまほろば   村田マチネ
老いとともに、この先自分が見ることはない未来がとても輝かしく思えてきます。タイトルは『ある認知症者の回想』。世界の認識がおぼろになる不安を持ちながらも、人類はいつかすばらしい場所にたどり着くはずとエールを送る優しさに頭が下がる思いです。
 
背表紙はまだ見ぬ読者に呼びかけるあまたの本が並びいる棚   坂井亮
決して声高に呼びかけるわけではないけれど、背表紙はその人にしか聞こえない周波数を発し続けているような気がします。人も本も背中で語るんですねぇ。
 
プーチンやその影武者も飲みをらんクスリやサプリ長生きのため   遠野瑞香
あぁ、多分そうなんでしょうね。自分の命は尊く惜しい。みんなそうなんですけれど。
 
健康の為に買ってるヨーグルト三割引は不安で買わず   屋上エデン
私は三割引きをいそいそ買うタイプなので、そういう考え方もあるのかと驚きました。確かに、薬が三割引きだったら買わないかも。
 
露涼し焙煎室の鍵しめて返し歌よむ胸が騒いで   藤野富士子
香りを外に出さない焙煎室と自分の思いを外には漏らしたくないという思いが見事に一致していて、「鍵しめて」がまさにこの歌の鍵なのだと思いました。
 
海外のセレブの家を映し出す液晶画面は滑らかである   小鳥遊さえ
海外セレブの生活感のなさが液晶画面の無機質さと合わさり、部屋を彩るインテリアの1つとなっているようです。
 
これでいい?これでいい?って揺れている波は静かに夕日を浴びて   山内昌人
「これでいい?」は、作者の問いかけなのかもしれません。波には断定する要素がなく、ただただ揺れているばかり。答えを得ることなく日は暮れていきますが、その揺れに身を任せている心地よさを感じます。
 
よの中のよになるどうせできもせぬことを知ってて言うのよのよが
歌意が取れたわけではないのですが、世の中という目を疎ましく思いながらも、自分も世の中の目のひとつとして機能し他者を見ているような、そんなことを思いました。
 
どこへでも行ける自由がある限り部屋の中でも自由な気分   島坂準一
とても考えさせられる歌です。「どこへもでも行ける自由」を失った(たとえば、体の自由を失う、もしくは虐待を受けるなどして自由を奪われる)時、与えられた空間で自由を見出すことができるのか。とても重い問いを含んでいると思います。『夜と霧』を思わせます。
 
梅雨明けの十五歳なら全開のポニーテールにためらいはない   有田里絵
「全開のポニーテール」って何だろうと検索すると「おでこが全開」なんですね。確かに十五歳ならそうかも。梅雨明けならなおさら。まぶしいです。
 
戴冠式に揺らぐことをゆるされぬ抽象体を馬車は揺らしぬ   森山緋紗
チャールズ国王の戴冠式のことだと思います。「抽象体」という表現に複雑な思いがじわじわ染み出すような気持ちになりました。多数の人のイメージがお札になって貼りつくような気持ち悪さがあります。
 
騒がしすぎる世に背きつつぬばたまのおまへと俺が沈む黒楽   佐藤元紀
茶室で濃茶を点てる時の重みのある静けさを思いました。茶室に座する者同士の一体感、茶を点てる者と茶碗との一体感が黒に集約されていくようです。
 
仕事場でひとりで作業する時のひとりぼっちの花の優しさ   千春
一輪飾られている花が同じく一人で仕事をしている自分を優しく見つめている・・・という発見の歌。花は淋しいとも言わずただ咲いている。優しさは強いな、と思います。
 
剥がすために貼っている付箋ひとつずつ約束をする、守る、そうして   湯島はじめ
「そうして」の後、どうなるのか想像の余地がいっぱいあって面白い歌です。私は恋の歌として読みました。窮屈な約束事に疲れてもう別れようかと思うかもしれないし、この先ずっと剥がさなくてもいいかなと思うかもしれません。両方の可能性を想像して楽しみました。
 
楽園の記憶の再掲ブルーシートの輝く凹面を踏んでゆく猫   井辻朱美
楽園は青いと納得します。ブルーシートを踏んだ瞬間に、猫の記憶のディスプレイに楽園の記憶が再ロードされる。こういうこと、誰にもあるかもしれません。前にもこんなことが・・・と、思い出すようなことが。
 
ただ一つ光っていない電飾を見つめつづけて真夜中になる   木村友
ひとつだけ光っていない電飾に、どこか孤立している魂を感じます。みんなが笑っているのに一人笑っていない子がいる、なぜだろう、どうしたらいいのだろう、考えることはたくさんあり時間だけが過ぎていきます。
 
雨に濡れたジャングルジムは幽霊船 六月闇の窓辺に浮かぶ   ちば湯
ジャングルジムはいろいろと想像を掻き立てるものだと思いますが、「幽霊船」というイメージの発見に、なるほど、と思いました。子供らと遊んで楽しかった記憶をずっと再生し続けているのかもしれません。
 
嬉しくて歌をうたっているのです 波はさざ波 風はそよ風   榎田純子
寂しさや悲しみを題材にした歌にくらべて、嬉しさを詠んだ歌は少ないように思います。何を嬉しいと感じるかに人間性が問われるような気もします。嬉しさには承認が含まれるからかもしれません。存在することをただ嬉しいと歌にすることは難しい。でもいつか詠んでみたいものだと思いました。
 
ジャンプして影と離れてみたもののさびしくて右足からおりる   みおうたかふみ
着地する右足と影がふたたび接合する様子がスローモーションで見えるよう。待っていてくれる存在がこんなに身近にあるという発見の歌です。

一人だけで生きていくこと りんごはひとりでに緑から赤になる   石狩良平
『生き別れ』と題された連作の1首目。感じることが多かった連作で、特にこの歌は、いのちとはひとりで完成するように作られているのではないか、という問いを発しているように思います。りんごも花も動物もそれぞれに生を全うする。人だけがひとりを淋しく思い、自立から遠ざかっているような気がします。
 
きょうだいと生き別れさせられたハムスターと一人を恐れながら暮らす   石狩良平
『生き別れ』と題された連作の2首目。1首目を裏から詠んだような歌だと感じました。「一人を恐れながら暮らす」人と、人の手で「生き別れさせられたハムスター」との対比が鋭い。
 
クラスメイトはみんな波間に走り入りみなわたしより無事だと思う   嶋江永うみ
波間に走り入るみんなの方が危険であるはずなのに、取り残された自分よりも無事だと思う。集団のいきものとして、ぬぐいきれない感覚なのでしょうか。少数が生き残ることだってありますが。
 
ほんとうの好意まじりけない愛情メロンソーダの緑まぶしい   柳谷あゆみ
メロンソーダの緑は、純粋な悪意でできているかもしれないけれど見破れない。「ほんとうの好意まじりけない愛情」、うさんくさい。体にもきっとよろしくない。
 
天井に張り付く巨大な扇風機 友の文句を掻き混ぜている   土居文恵
「友」とあるので親しい間柄と考えれば、巨大な扇風機に掻き混ぜてもらえば、「友の文句」(苛立ち)もちょっとは薄まるかな~とか考えている、のかな。とはいうものの、かき混ぜられた文句が店内に行き渡るのを、やだな~と思っているとも思います。

叩かれてまた立ち上がるのが美であれば今の姿は 思考は続く   生田亜々子
叩かれて誰もが立ち上がれるとは限らない。ただその間も思考は働く。何が悪かったのか、そもそも悪いのは自分か。考えるのは状況を受け入れるために必要な作業のような気がします。でも、最近よくあるドラマのような感動やスカッとした結末は現実ではなかなか・・・。
 
足元に獅子侍らせて大型クレーン曇天押しのけ天にちよつかい   笠井烏子
「天にちよつかい」っていいなー。人間からすると大きいんだけど、天からすると超小物。なのに「ちょっかい」って! かけてるつもりなのが面白すぎます。
 
答えなら既に決まっている問いにピースを嵌めるように答える   大池アザミ
絵が見えていながら答えるシチュエーションは、あまり歓迎できない展開のことが多いように思います。でもその最後のピースを埋めない限り、(自分が「うん」と言わない限り)次には進めないこともよくわかっている。その視点の高さがせつないです。
 
立会へる試験はじまり海底のしづけさ破る高きしはぶき   嶋田恵一
「しはぶき」という言葉を持ってきて「海底」と引き合わせる、技が光る一首。海底のような静けさを破る波しぶきといった連想にうまく誘導されました。
 
日盛りを並んであるくキジバトの蒼さ静けさこの世にふたり   小川ちとせ
日中の人通りの少ない道をふたりで歩く様子がとても淡く表現されていると思います。お互いの分からない部分も分かりあっているような、ふたりの親密さ。そしてどちらか片方がいなくなれば、この世にひとりになってしまうということ。

以上です。

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