![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/115911032/rectangle_large_type_2_d45827fb8fea5341d7a46bf3cf92e0c8.png?width=1200)
かばん2023年7月号評
7月号掲載の歌からいくつかの歌について評(感想)を書きました。
かばんの前号評は2月後、9月号に掲載されるので、発行されたら執筆された方々の評と比べてみようと思います。
◆特別作品から
いつまでも本音の言葉吐いてきた眠る前には後悔をせず 雨宮司
「いつまでも」という未来を示唆する言葉のあとに「吐いてきた」という過去形が来る。この違和感によって、今を中心とした過去と未来がぐっと膨らむように感じました。
目が覚めてまた目が覚めて目が覚めて背中の畳は川底に似て 蛙鳴
多重夢の、もうこのまま覚めないのではないかという怖さを感じます。海ではなく生活に近い川というところ、見えているのに帰れない感じがして怖いです。
病床で生まれ変はりはなしと言ふ枯れ枝の身はまんぢりともせず 天原一葉
私も生の終わり間際にはこのように感じるような気がします。この肉体と魂の出会いはもうないのだと。魂だけ肉体だけが私ではなく、この出会いがあっての私だったと思えるのなら納得の生のように思います。
◆会員作品から
永遠にトップを譲らぬリーダーの椅子は毀れたリクライニング 遠野瑞香
「毀れたリクライニング」、いきなりヒューンと倒れる様子がユーモラスです。何百年後かに世界名作劇場的なアニメでこのシーンが描かれそうです。
途切れてる あっちにもこっちにも自分がいて 鏡がどこかにあったはずなのに 斎藤見咲子
初句の「途切れてる」のインパクトがすごいです。あっちにもこっちにもいる自分は鏡像でありながら独立した自己を主張している気がします。自分の中にはいろんな自分がいますが、それは何らかでリンクいるからこそ制御できます。そのリンクが途切れてしまったら、と思うとおそろしいです。。
楽しくて読み切ることが惜しい本終わらせないで眠る地下鉄 屋上エデン
楽しい本も読み終わってしまえば、いったんその世界から出てしまいます。入り直すことはできますが、同じ世界ではないように思います。もう少しその世界にいるままで揺られていたいなと思うとき、私もあります。
重要なことをたまたまメモされてその紙までも重要になる 島坂準一
ありますねー。紙としては、気がつくとレッドカーペットを歩いている、え?え? って感じかも。ただし期間限定な場合が多いですが。
「配られたカードで戦うしかないよ、それがどういう意味だとしてもね」 嶋江永うみ
この歌では配られたカードが何なのか知っているようです。たいていの人は何のカードを持っているか知らず、知っていても使い方が分からないのです。
泥団子手渡されては払いのけまた乗せられて怒りたる吾子 藤田亜未
泥団子を次々手渡しているのは母ですね。母は母で嬉々として泥団子を作って遊んでる光景が見えました。子が遊ぶのを手伝っているのではなく、母も本気で遊んでる、というのが最高です!
宵ぼたる水族館の水海月ぼんやり月の恵みをうけて 藤野富士子
実際に見ているのは蛍ではないでしょうか。そこから水族館の水海月を思い浮かべているように思います。ぼんやりとした光を「月の恵み」としているところ、とても幻想的です。
半分は帰路なのだからこの街をたった一つの旅先として 山内昌人
この街で老いていくのだなぁ、とふと感じられたのでしょうか。この「半分は帰路なのだから」、私はそう考えたことはないなぁと気づきました。ずっと行きっぱなしの感覚なのです。
その神はドリンクバーのいくつかのジュースを調合してつくられた 玉野勇希
そう簡単に再現できそうにないところが神っぽいです。
鍵盤のしづむ浅さを息にしてあなたの睫毛はちかづいてくる 森山緋紗
ひそやかで柔らかな音が聞こえます。この静かさに深い喜びが満ちています。
クリオネのようなティッシュがひっついていてありがとうって言う鼻の下 土井礼一郎
たしかに!クリオネみたいです。「鼻の下」は顔のパーツの中では大らかで憎めないキャラっぽいです。「ありがとう」って言いそう。そういえば、クリネックスっていう商品名もありますよね。
カンペキなひとなどないと諭されて、いや諭されたことはなかった みおうたかふみ
こういう言葉でよく慰められ、実際のところはなんの慰めにもなっていないことが多いです。でも、諭されるというのは慰めとは違うように感じます。カンペキな人などいないのだから他人の失敗は許してあげなさい、と言われているようです。それを、「いや諭されたことはなかった」とは相当深い怒りが潜んでいるような気がします。
燕の子いのちがけなる高みより 久保明
俳句のことはあまり知らないのですが、好きな句です。燕の巣立ちの歌だと思います。いのちがけで飛ぶことで飛べると知るんだなぁ、つい人間(というか自分)にあてはめて考えてしまいました。
おやすみなさいけれどもそれはたすけてでたすけてだけれどおやすみなさい 鳩
眠りの世界へ行くことで少しのあいだ現実から逃れることができる。ここではどうにもならない「たすけて」が歌われているように感じます。自分が持っておくしかない「たすけて」をどうにかこうにかあやして眠りにつかせるかのようです。
夕風が五月の網戸を抜けてきて ひとのはなしを聞いてへんのか 小川ちとせ
話を聞いていてもスーッと抜けていく様子を、右手の人差し指で右耳に、そして左手の人差し指で左耳から左の方向へスーッってやりません?(左右はどちらでも可)まぁそんな感じで聞いてへんのですわ。
窓をゆく水のひとつぶに映りこむ そなたに思い出されたい神 井辻朱美
神が思い出してほしいと願う相手を「そなた」を呼ぶ。。神が同等、それ以上の敬意を払う相手としてこの世に生きるすべてのいのちがあるのでしょう。
さらさらがかしかしと成る桜木の葉ずれの音が硬くなり初夏 白糸雅樹
桜の葉の若葉色から濃くなる頃を「さらさら」「がしがし」と擬音で表現されていて、あっと思いました。私は色の方をよく見ているけど、音や葉の質感にまで目が行ってなかったな、という気づきがありました。
ほの光る頭蓋ひらけば巡りゐる我が内なる獅子座牡牛座 松澤もる
頭蓋のなかに宇宙があるみたいで、素敵だと思いました。星と交信するための装置みたいです。
鍵穴のなかに居座る鳥が居て羽ばたくポーズで固まっている 土居文恵
つまり羽ばたく鳥の形の鍵が存在するわけですよね。羽ばたく鳥は横向きだと優美ですが、正面だと迫力ありそうです。なんかこう、両方の羽は頭上に、キェーッっという気合の鳴き声を上げている鳥が浮かびました。それくらいの気合がないと扉は開かないかもしれません。
ガジュマルの葉のこまごまとあおあおと気根のひげのひゅるひゅるひゅると 大甘
「こまごま」「あおあお」「ひゅるひゅるひゅる」、音感が楽しい歌です。最後「と」で終わっているのが成長途中を感じさせて、もっともっと伸びていく未来を想像させます。
植物を尊敬します木肌から紙を作ったあなたのことも 有田里絵
木から最初に紙を作ったのはいつ頃でしょうか。パピルスほどではなくてもはるか昔のことのように思います。思いをはせる時間に奥行きを感じます。また、植物を尊敬するのはなぜか? に木から紙がつくられるから、そこから少し飛躍して、あぁこの人は本が好きなんだと感じさせてくれるところにキュンとしました。
初鰹故郷のしらすホタルイカ瀬戸の香運ぶ龍力の酒 悠山
故郷を語るときにはその土地のうまいもんが出てきます。そのうまいもんが自分の住む土地のものだと、急にその人が近しく感じられるのはなんとも不思議です。『龍力の酒』におおっ!となりました。
カラフルな星で氾濫する天の川みたい傘さす人の群 森野ひじき
傘の群れを上空から見て、それを天地さかさまにしたのがおもしろいです。こう考えると、一等星並みに明るい色の傘をさしたくなります。
身の内の俺と私とわたくしを放牧にしてスキップでゆく 生田亜々子
とても身軽にスキップしている感覚になります。日々のいろいろとを担当してくれている多様な自分が解放され、思い思いの場所でくつろいでいるようです。
明日という押し入れにみな放り込みひろびろとした今日で眠ろう 大池アザミ
明日という押し入れにはたくさん入りそうです。連作のタイトルが『故障中』なので、いつもじゃなくて、今日のところは、ということのようです。疲れた時には思い出したい歌です。
旅立ちは明日なんだと出しぬけに万年筆で書くような声 小野田光
「万年筆」の改まった感じが、相手との距離が少しあいたような角度がずれたような感覚をあらわしていると思いました。
結び目を解く聖母の強張れどなほ解かむとし給ふ指よ 前田宏
この歌を読んであふれてきたものを大切にしたいと思います。
手を挙げてみようと思うのだけれど誰も周りにいないのである 来栖啓斗
自分のタイミングで手を挙げようとした頃には話題が変わってしまい取り残されてしまう、という読みをいったんした後で、周りに人はいても手を挙げてみようと思った根拠となる考えに同意してくれそうな人が誰もいない、という読みもあるなぁと思いました。
ヤマボウシが二十年目の道端にたくさん咲いて今ここに居る 河野瑤
二十年という年月はヤマボウシの花をこんなに咲かせるほどの時間だったのだ、とふと立ち止まる。今、ここに自分が存在する実感をじーんと味わうような歌だと思います。
僕たちの記念日なのにサラダバーひとりで選ぶ七夕前夜 杉城君緒
あぁ、これはあれですね。ワードのちりばめ方が絶妙で、それでいて現実の光景がばっちり目に浮かびます。「僕たちの記念日」って忘れずにいてくれる人、めっちゃいい人です。
以上です。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?