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かばん2024.5月号評

5月号掲載の歌からいくつかの歌について評(感想)を書きました。

◆特別作品より
 
異世界の魑魅魍魎がゴミ箱に繋がっていて見張られている  本田葵
『いちごつみふたたび』というタイトル、折句で「いちごつみ」となってるんですね。この縛りで12首も詠めるなんてすごいです。その中から一首引きました。「ゴミ箱」が異世界と繋がっているという発想になぜか納得してしまいます。魑魅魍魎というところも。結句でドキッとさせられました。
 
額装はミントグリーン肖像の十二歳には憂いの夏が  藤本玲未
まず、「憂い」と「ミントグリーン」の相性の良さを感じ、続いて「十二歳」と「憂い」、「憂い」と「夏」もいいな、と次々に感覚が結びついていきました。ワードのちりばめ方が絶妙です。
 
芍薬と牡丹の違い話しつつ菖蒲の横の若葉が茂る  藤野富士子
初夏の草花が詠まれた季節感あふれる連作でした。芍薬と牡丹の例をまず挙げることで、菖蒲の横の若葉が何か想像させます。カキツバタ? アヤメ? と想像したら作者の術中にはまっています。

◆会員作品より
 
社会への素人感よ飢えてない後ろめたさを常に抱えて  山内昌人
「素人」の反対語は玄人ですが、社会に対して玄人感を持っている人はいるのでしょうか。おそらく、なにか困りごとがない限り社会に対して働きかけたり詳しくなることはないのだろうと思います。「飢えてない後ろめたさ」から今のところ問題なく過ごせていることが読み取れますが、日々、新聞やニュースで報じられる出来事に触れるたびこのように思われるのでしょう。
 
ふたりして並べば春の雪どけのまわりの人たち皆エキストラ  田村ひよ路
「雪どけ」が和解を連想させます。雪どけのキラキラに囲まれているふたり。自分たちこそが主人公と思える瞬間は貴重です。
 
しゅらららと飛んでいったね第三の方位でロケット爆破をされる  雨宮司
「しゅららら」がおもしろいなぁと思ったのですが、「飛んでいったね」の緊張感のなさは何事でしょうか。「第三の方位」って! あっちかこっちかと予想していたのに全然違うところが狙われて「ロケット爆破」! ゲームでしょうか。願わくはゲームの話であってほしい。

七年も勤めた職場去る日にはミモザの花のほろほろぐらむ  屋上エデン
「ほろほろぐらむ」という言葉が素敵。ミモザとありますが、目にたまった涙に光を見るようです。お疲れさまでした。
 
散歩学の地平を拓く論文の筆頭著者の靴中の石粒  大甘
靴の中の石粒に顔をしかめているのか、「お、入ってるな」とそれすらも楽しんでいる散歩なのか、想像して楽しい。石粒の違和感を感じている人物の経歴がなかなかに立派でおもしろいです。
 
忘れたくなくて思い出すのに、思い出すたびすこし変わってしまう  夏山栞
反芻するうちに失われたり、何かが足されたりする。記憶は主観であるはずなのに、どうしてなのか考えてしまいました。つらいことにはそれをやり過ごした安堵感がくっついたりするけれど、忘れたくないこと(多分うれしいこと)を変化させる記憶の意図がよくわからないですね。うーん、多分、今を生きよってことなのかなぁ。
 
残された方の人類ゆったりとフェリーが岸を離れてく 雨  みおうたかふみ
進化について考えました。残された方が進化の最先端を行くけれど、とても消極的だなぁと思いました。望むがまま生きるために進化の道から外れていくこともあるかもしれない。今の環境になじむこととか環境の変化に順応できることが生き残る術であるとは思うのですが。最後の「雨」がカーテンのようで、二方向に分かれたものを線引きしていて効果的だと思いました。フェリーに乗っているのは一人ではないのでしょうね。あっ、これ、職場詠なのか。
 
病とは神との対話ということを伝えに来たか風に乗るひと  前田宏
『熱発』と題された連作、風邪を「風にのるひと」としていて、どんな風貌なのか想像が膨らみます。なんとなく、風邪の神様(というかお使い?)は貧乏神っぽい、やせた仙人のような人を想像してしまいます。神との対話が成功すると、にかっと笑って風邪を引き受けてくれる。年がら年中咳き込んでいる。

信じられない、とあなたは言ってそれからは信じられないまま暮らしたね  神丘風
「なにそれ、信じられない」みたいな軽いノリの言葉だったかもしれないけれど、ふとひっかかり重みをもって沈殿した言葉。「信じられない」は「許せない」よりも深いところにある。土地のわずかな傾きが体の不調を生むような、土台がゆるんだ感じがします。過去形で歌われていることに、ほっとしました。
 
緋毛氈に余るところなく満ちている雛たちはいつの星間移住者  井辻朱美
「緋毛氈」とあるのでこの「雛」はお雛様のことだと思われます。たくさんのお雛様が一堂に会して所狭しと並べられるイベントがありますが、ものすごい圧を感じたことを思い出しました。宇宙人、そうかも。と納得してしまいました。
 
検査室にあつた風鈴 風鈴はエアコンの風に揺れてやまない  森山緋紗
エアコンの風はたまには止むものの、ずっと冷風を出しているわけなので風鈴もずっと揺れている。自然の風には自然の配慮があるけれど、人工的なものの配慮のなさにやるせない思いがします。初句の「検査室」がとても効いています。検査もパッケージされた一つの商品、流れ作業的に扱われて「・・・」という思い。その思いが的確に歌になっていると感じました。
 
なんとなく水を飲むただなんとなく 内なるフリージアヒアシンス  沢茱萸
自分のなかにある花が水を呼んでいる。なんとなくの行動になにかの意志がひそむことはあるかもしれない。フリージアヒアシンスという透明感のある花のチョイスが素敵。
 
泳げない頃の泳ぎを見てみたい 信頼されることに疲れて  土居文恵
信頼とは字の通り、頼りにされるということですが、その信頼にこたえ続けることは時に疲れます。自分にも泳げなくて泣きそうだった頃があったんだけどな。決して強いだけの自分じゃないことを再確認したいという思いが伝わってきました。
 
無理にでもとにかく言葉に!口にして初めて残る光なんです。  笠井烏子
切実な思いが迫ってきました。言葉にならない感覚を言葉にするとは、光の粒子を引き寄せて光にすることなのかもしれません。歌は光を定着させたものとも言えますね。
 
自動車道走る越冬曇天のわれの形をしてゐない影  中山とりこ
自分の影をちゃんと見たことがなくて。光の強さで影の濃い・薄いなど違いがあるのか、今度ちゃんと見てみようと思います。でも、曇天のなか自分の影はうすぼんやりしているような気がします。得体のしれない灰色がこわい。何かしでかしてしまいそうです。ところで、自動車道ですよね、自転車道じゃなくて。大丈夫でしょうか。
 
参籠の日は陰影が深くなり枝葉の色も柱の陰も  悠山
影の歌が続きますが、こちらは参詣の日の光の強さが歌われています。神様や仏様を詣でる者には天から「よしよし」とばかりに光がやってくるのかもしれませんね。
 
人生は何から何までくだらない 人と人とは区別できない  壬生キヨム
私は人と人とは全く違うと思っているので、「人と人とは区別できない」に衝撃を受けました。視点が高いとこのように感じるのかもしれません。
 
卵白がみるみる白くなるように秘密を抱いて固まる瞼  蛙鳴
人は生まれてきた時から白目部分をもっているので、すでに秘密を抱えて生まれてきたということになるなぁと思いました。この秘密を想像すると楽しいです。生命誕生の秘密とか、運命の作られ方とか継承に関することとか、想像がとまりません。


今月は以上です。
お読みいただき、ありがとうございました。


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