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イスラエルは西岸地区でインティファーダが始まることを望んでいる


ギデオン・レヴィ
2024年1月17日
ハアレツ紙
訳:Rico Ocampo

3時間半。ヨルダン川西岸地区の中央部ジェニンから西岸地区西部のトゥルカレムに行くのに3時間半かかった。3時間半もあれば飛行機でローマに行くこともできるし、イスラエルの南端の町エイラットに車で行くこともできるはずだ。しかし占領された西岸地区では、今、近くの町の間でも車で行くことはほとんど不可能だ。今週私たちがジェニンからトゥルカレムまでの35kmを移動するのにかかった時間は3時間半だった。ガザの戦争が始まって以来、西岸の道路でパレスチナ人が通ることを許されている区間の端には閉じられた鉄のゲートが設けられている。ナビアプリのWazeはこの道を行けと言ってくるが、賢いこのアプリでさえ、道という道の終わりに閉じられたゲートがあるなどとは知らないようだ。

閉じられたゲートがなければ「休憩用」の検問スポットがある(そこでパレスチナ人は簡単な職務質問を受ける)。休憩用の検問スポットがなければ窒息用の検問スポットだ。セバスチア(ナブルスの北西約8km)にあるオットマン帝国時代の鉄道駅の跡地近くでは、イスラエルの予備役兵が砂利の裏道ですらパレスチナ人が移動するのを阻んでいる。その近くにあるシャベイショムロン入植地付近では、イスラエル兵たちは南から北へ向かう車の通行は許可するが反対にジェニンからナブルスのほうへ向かう移動は許可しない。その理由は? 彼らがそう決めたからだ。

次の検問スポットでは、イスラエル兵たちが自撮りをしている。来た車はみんな、兵士たちが写真を撮り終えて、上から目線の手振りで通行を許可するまで待たされる。その間、道は渋滞だ。エイナブ入植地付近の検問スポットは、今朝は通れたのだが、午後には兵士たちが完全に封鎖していた。何事についても理由はわからない。フワラーの検問スポットは閉鎖されていた。

トゥルカレムのすぐ近くにあるシュファの出口は閉鎖されている。西岸地区の村から主な幹線道路に出る道もほとんどが閉鎖されている。今週の私たちの移動はそんな感じだった。まるで殺虫剤を吹きかけられたゴキブリがガラス瓶の中で死を待っているような心持ちだ。ジェニンからトゥルカレムまで。やっとのこと557号線にたどり着き、イスラエル領内に戻るのに3時間半かかったのだ。

西岸地区でのパレスチナ人の最近の生活はすべてこのような感じだ。イェフーダ・ポリカーとヤーコフ・ギラドが監督したホロコーストを生き延びた人たちのドキュメンタリー映画の言葉を借りれば、「少しはましになるのかもしれないし、めちゃくちゃになるのかもしれない。絶望よ、こんばんは。希望よ、おやすみなさい。次はだれ?隣の列に立たされているのはだれ?」といったところだ。日が落ちたころには、何千台もの車が西岸地区の道に並んでいた。運転していた人たちはただただ絶望して道端にたたずんでいる。力もなく、声もない。彼らの目には、検問所に近づいたら近づいたで、恐怖が宿る。少しでも変な動きをすれば殺されるかもしれないからだ。自分が爆発してしまうかもしれないからだ。

爆発してしまうとは、イスラエルが今、西岸地区でやっていることによって、新たな民衆蜂起、インティファーダが勃発するかもしれないということだ。そうなるかどうかはわからない。今の西岸地区には2000年代初頭の第二次インティファーダの時のような政治的な指導者もいないし闘志もない。しかし、この状況下で爆発しないでいられる人などいるだろうか。この3か月のあいだ、イスラエルで働いていた15万人もの西岸地区住民は職を失なった。イスラエル軍の欺瞞によっても人々の不満は爆発するかもしれない。イスラエル軍上層部は、西岸地区住民が仕事に行けるようにしなければならないと言っている。しかし、もし西岸地区のパレスチナ人が蜂起するとすれば、その引き金となるのはイスラエル軍に違いない。

問題は経済だけではない。戦争という名目で、そして極右といえる政権の支援によって、イスラエル軍は占領地域でこれまで以上に危険な行動をとるようになった。彼らは西岸地区にガザを作りたいのだ。入植者たちは西岸地区がガザのようになることを望んでいる。そうなれば、より多くのパレスチナ人を追い出すことができるからだ。そしてイスラエル軍もそれを応援している。国連が出した数字によれば、10月7日以来、西岸地区では344人のパレスチナ人が殺されている。そのうちの88人は子どもだ。その8人ないし9人は入植者たちに殺されたと見られる。一方、西岸地区と東エルサレムで5人のイスラエル人も死んでいるが、そのうちの4人は軍によって殺傷されたものである。

どうしてこのようになったかというと、ここ数か月、イスラエル軍はガザと同じように西岸地区でも空からパレスチナ人を射殺するようになったのである。例えば、1月7日にはイスラエルはジェニンの近くで道の中央分離帯に立っていた7人の若者を射殺した。その7人のうちの一人が走ってくるジープに爆発物を投げつけようとしたということらしい。これは虐殺だったと言うことができるだろう。7人は家族と親族で、4人が兄弟。もう2人も別の兄弟。残る1人もいとこだった。しかし、そんなことはイスラエルにとってはどうでもいいらしい。

今、イスラエル軍はガザから西岸地区に兵力を移動させている。秘密作戦を行なうドゥブデヴァン部隊は既に西岸地区に入っている。クフィール連隊も移動中だ。彼らはガザでの無差別殺戮に酔いしれたままの精神状態で西岸地区に戻ってくる。そしてガザでの偉業を西岸地区でも続けたいようだ。

イスラエルはインティファーダが始まることを望んでいる。もしかすると本当にそうなるのかもしれない。もし本当にそうなったら、驚いたようなふりをすることは許されない。

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