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ガザの医療を遠くから支える

病院とその周辺地区へのイスラエル軍の攻撃による負傷者を懸命に治療する医師にとって、チャットは命綱だった。

サイモン・フィッツジェラルド、オサイド・アルサー
2024年2月25日(日)
翻訳:Rico Ocampo

1月下旬、私たちはガザ南部のナセル病院に残る唯一の外科医、カレド・アルサー医師と世界中の医師を結ぶグループチャットを作った。

数か月前までナセル病院は外科医10名と外科研修医10名を有する拠点だった。しかしこの時には、31歳のアルサー医師が、彼自身ガザでの臨床研修を最近終えたばかりであるにもかかわらず、たった一人残された外科医として、津波のように押し寄せる重症の負傷者を相手に奮闘する数少ない医療スタッフを率いていた。世界中の病院では当たり前の専門医や医療資源もない中での闘いだ。

薬や医療機器が不足しているだけでなく、電気や水でさえ使える時間が限られている。しかし、ナセル病院のスタッフは自分たちが専門として学んできた標準的な治療をできる限り提供しようと必死に努力していた。アルサー医師は海外のパレスチナ人医師の協力を求め、チャットグループを作った。(彼の親戚であり、この記事の著者であるオサイド・アルサーもその一人である。)

グループチャットが始まってすぐ、私たちは軍の攻撃によって重傷を負った民間人の症例をいくつも検討した。ある時、アルサーは、3歳の女児に対して緊急に行なわなければならなくなった腹部切開について尋ねてきた。この女の子の自宅がイスラエル軍の空爆を受け、そこで大けがを負った彼女は、胃の縫合と脾臓の摘出が必要であった。グループメンバーの小児外科医がアドバイスをし、女の子は無事に退院することができた。

//チャットのスクリーンショット
アルサー医師:こんにちは。危険すぎて屋上に出たり窓から外をのぞいたりできないので、ネットがつながりにくいんです。
アルサー医師:今この病院には脳外科の専門医がおらず、包囲攻撃を受けているところだという状況を前提として理解した上で論じていただけると幸いです。🙏   

別の時、アルサーは、ずたずたになった9歳の子どもの手足の画像を送ってきた。片方の脚の切断が必要だというのが一致した意見だった。10月以来ガザでは1,000人以上の子どもたちがこのような手足の切断手術を必要とした。私たちは、どうやったら脚、皮膚、筋肉をできる限り温存して、回復の可能性を向上させられるかを助言した。

あるいは、首と顔の広い範囲に砲弾の破片が刺さり、緊急の切開と再建が必要であった25歳の男性の場合。ナセルのチームが送ったCTスキャンと患者の砕けた顎の手術画像を耳鼻咽喉科と顔面形成外科の専門医が確認し、どのような追加手術が必要かについて助言を行なった。アルサーが行なった処置は賞賛に値するものだった。

アルサーはまた、イスラエル軍による包囲の中、脳神経外科医が病院に来られない時に運び込まれた、銃弾や砲弾の破片によって脳を損傷した多数の患者の治療方法についても助けを求めてきた。単純に、どうやっても助からない傷もあった。頭を狙撃された70歳の老婦人の場合がそうだった。また別の時には、アルサーがそれまでに学んだことのある範囲を超えた手術が必要な症例について、グループの神経外科医たちが特殊な手術法に関する画像やビデオを共有することで、手術の方針を助言した。

こういった臨床例を検討していく中で、私たちの多くはチャットの向こう側の病院や医師たちに徐々に迫ってくる脅威を実感した。病院と医療従事者を標的にした攻撃がガザ南部に向けられるようになり、ナセル病院に近づいてきていることは知っていた。それでも、2月初旬、チャットに送られてくるのがそれまでの患者の臨床画像からスタッフの無事を祈ってくれという言葉に変わったときは、やはり衝撃だった。

グループ内の最後の数通のメッセージは、病院の敷地内で負傷した数え切れないほどの患者についてのもので、その中には、外科病棟で勤務中に胸に銃弾を浴びた手術室看護師の姿をとらえたビデオもあった。私たちは、それまでの何人もの患者と同じように画像や所見に基づいてこの看護師の傷の処置を必死に支援した。

医師たちは、病院の中庭にいる負傷した人たちを写した動画も共有していた。負傷者たちは銃撃が続いているため建物に入ることがなかなかできなかった。産科医の一人であるアメーラ・エラスーリ医師が砲撃の中、身を挺して患者を診察し、治療のために屋内への避難を誘導した。

(写真:
//2023年12月17日、ガザ地区南部のハーン・ユニスにあるナセル病院の屋内で、イスラエル軍の砲撃の被害を調べるスタッフ)

病院を取り巻く状況が悪化し、インターネットがつながりにくくなる中、アルサーは、病院を出なければ病院を爆撃するというイスラエルの警告を音声メッセージで詳しく伝えてきた。彼は他の医師や看護師とともに病院にとどまり、軍が設定した期限後も患者の治療にあたった。彼の次のメッセージは、病院への爆撃によって病室のベッドで患者一人が死亡し、負傷者も出たというものだった。

それに続くドローンからの銃撃で、私たちが支援していた医師の一人が頭を撃たれた。この医師は回復できると思われるが、本当にあとほんの数センチ違うところを撃たれていたら、彼は命を落としていただろう。

メッセージからは病院のスタッフや患者が当時感じた混乱と恐怖が伝わってきた。ボイスメモからは、病院の敷地内の爆発音が聞こえた。最後まで負傷者の治療に最善を尽くしたナセル病院のスタッフたちも、ついには病院から人々が待避するようすを写した動画を送ってきた。アルサーは、病院が包囲攻撃を受けて電源と酸素供給が遮断され、生命維持装置が働かなくなったことによって死亡した患者たちの動画を送ってきた。避難できなかった残りの集中治療病棟の患者や未熟児室の新生児たちのその後の運命については何もわからない。おそらくは、ガザ市のアル・ナスル小児科病院が避難を余儀なくされた後、残され、見守られることもなく朽ちていった未熟児たちと同じような運命をたどったのだろう。

その後は、メッセージが来ることもまばらになり、2月15日(木)に完全に途絶えた。

報道で、私たちはイスラエル兵がナセル病院を占拠し、多くの医療従事者を拘束して施設を閉鎖している映像を見た。アルサーの安否がわからず、心配が募ったが、3日後にようやく彼は次のように伝えてきた。 「私はまだナセル病院にいて患者の治療にあたっているが、同僚の多くは逮捕された。端的に言って、この3日間は地獄だった。医師、患者とその家族に起こったことは、最悪の悪夢の中でも起こるとは思えないようなことばかりだった」。

世界の医療関係者の間では、ガザでの戦争にどう関わるべきかで意見が分かれている。全く関わらないことにした者も多い。しかし、このチャットに参加していた私たちの間では、10月にイギリス系パレスチナ人の整形外科医ガッサン・アブ・シッタ医師が、アフリ・バプティスト病院構内の爆発で死亡した民間人の遺体に囲まれながら、急遽記者会見を開いた時から、連帯の機運が時を追って高まった。

//チャットのスクリーンショット
アルサー医師:残念なお知らせ:電動ドリルは壊れているみたいです。ハンドドリルはありますが、初心者には難しそう。これまで(研修で脳外科に配属されていた時)はいつも電動のを使っていました。
アルサー医師:手術室があるのは5階です。銃弾が壁にあたるのが聞こえます。

イスラエルによる爆撃によって、アル・シファ病院で4人の医局長が命を落とした時のことも忘れられない。サリーン・アルアッタル産婦人科長、ラファット・ルッバド内科長、ハニ・アルハイタム救急科長、ホサム・ハマダ病理科長だ。

私たちは、シファ病院で唯一の腎臓専門医だったハマム・アロー医師が、アメリカの報道機関のインタビューに答えて、「私たちは皆殺しされようとしている」と語ったのを聞いた。彼とその家族の多くが命を落としたのはそのすぐ後のことだった。

シファで火傷治療の経験が長い整形外科医だったメドハット・サイダム医師のことも忘れることはできない。彼はこの記事の共著者の一人の指導教授であったが、10月に親族30人とともに殺された。

このグループチャット発足のちょうど前日には、救急車を呼ぶ5歳のヒンド・ラジャブちゃんからの悲痛な電話に応じて出動した2人の救急隊員がイスラエル軍によって殺害された。

私たちはスマホを通じて、この戦争がガザのパレスチナ人医療従事者と医療システムが組織的に破壊されるのをリアルタイムで目撃してきた。

ハーン・ユニスの医師や看護師たちとの連絡が途絶えた直後、イスラエルの報道官がガザの他の病院に対してと同様、ナセル病院に対しても非難を浴びせていることを伝える記事があった。イスラエル人の人質がナセル病院に拘束されていたと主張して、攻撃を正当化しようとしたのだ。そのような言いがかりをすべて反駁することは非常に難しいが、攻撃の意図も実際の結果も、ガザのパレスチナ人のための医療インフラの組織的な破壊であったことは明らかであり、それはガザ全土で繰り返されてきたものである。

国連の国際司法裁判所は、ガザで大量虐殺が行なわれていることの証拠となりうる事実を見つけている。ジェノサイド条約(集団殺害罪の防止および処罰に関する条約)に沿って、私たちの臨床記録がハーグの法廷に証拠として提出される日がいつか来るかもしれない。しかし、それは、生き残った人たちの苦しみを和らげるには、遅すぎる。

法廷に証拠が出されても、それで負傷した人が治療できるわけでもないし、死者を埋葬することにもならない。死んだ何百人もの医療従事者がその家族や仲間や患者のもとに帰ってくるわけでもない。

同じ医師として、私たちは、ガザにいる医師たちが患者の治療にあたろうと努力するのを支援する道徳的な義務を負っている。人間だれもが治療を受ける権利があり、尊厳を持っているからだ。しかし、国際政治で影響力を持つ国や人々が今すぐきっぱりと、ガザへの攻撃を停止させようとしなければ、それも不可能だとしか思えない。



サイモン・フィッツジェラルド:医学博士。ニューヨークのブルックリン在住の外傷外科医、外科集中治療医。外傷や一般的な外科手術だけでなく、傷害と暴力の予防に関する研究歴を持つ。

オサイード・アルサー:医学博士。ガザ出身のパレスチナ人で、テキサス在住の外科研修医。世界各国の外科手術、手術能力評価、紛争地域や低・中所得国における手術能力の育成などに関する臨床研究者。

(ガーディアン)


文中に出てくるアブー・シッタ医師が1月上旬にまとめた図

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