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【SS】ある夜の出来事

「夏は夜が短いからさ。すぐに明るくなるよ。だから始発が動くまで歩こうよ。」
今でも覚えているあの日のあいつの笑顔。まるでいたずらっ子のようで、終電を逃してガックリしていた気持ちを少し上げてくれたっけ。
大学サークルで夏休み前の親睦会をやった時のこと。酔っぱらった先輩たちの介抱に明け暮れた私とあいつ。未成年でお酒が飲めない新人の役目とはいえ本当に大変だった。先輩達全員を送り出す頃には終電が行ってしまい、私とあいつはシャッターの降りた駅の前で呆然としていた。バスも最終便が行ってしまった。タクシーなんて贅沢はできない。まだ新入生なので泊めてくれそうな友人も思いつかない。かといってあいつとホテルに泊まるなんて考えられない。私はあいつの提案を受け入れ、歩き始めた。
ただ歩くのも芸がないので、お互いの事を色々話し始めた。最初は自己紹介のような当たり障りのないことから。次第に子供の頃の印象的な出来事が話題になった。
「小学生くらいの頃さ、自転車に乗ることが大好きでさ。いつも乗り回っていたんだ。ある時何気なくいつもの道の1本隣りの道を行ってみたんだ。いつもと違う景色が見れて楽しかったけど、その後道に迷っちゃってさ。空はどんどん暗くなってくるから怖くて怖くて。もう半泣きでめちゃくちゃになって自転車を走らせてたら学校の裏に出たんだよ。実は大した距離を走っていなかったんだけど、俺にとってはすごい冒険だったな。」
「なんからしいね。目に浮かんでくるよ。」
「じゃあ、そっちの番。」
「えっ?そ、そうだなぁ……。」
私は頭をひねって子供の頃を思い起こした。
「おもちゃ屋さんにとてもかわいいお人形があって、すごく欲しかったんだ。おもちゃ屋さんに行くたびに眺めていたよ。誕生日やクリスマスにねだったけど買ってもらえなかった。それでお小遣いを貯め始めたんだ。お年玉も残したりしてね。そうやって買えるだけのお金が貯まって買いに行ったらもう売れちゃっていた。家に帰ってから大泣きしたよ。あんまり私が泣くから親が不憫に思ったらしく、お人形を買ってくれたけど欲しかったのじゃなかったんだ。あの後、あのお人形は二度と見かけなかった。立ち直るのに結構時間かかったよ。」
「わかるなあ。」
そんな他愛のないことをずっと話していた。歩きながら喋り、疲れて段差に座り続きを喋る。また歩き出して喋り続ける。その繰り返しだった。
夜空が白み始めた頃、こんな話題になった。
「男と女に友情は成り立つか。」
議論になりそうな話題なのにあっさり答えが出た。
「成り立つ!」
疲れていたからかもしれない。でもあいつとならそれも成り立つと思えた。その時は恋愛感情とは無縁だったからかもしれない。
そうこうしているうちにとある駅のシャッターが空き始めるのが見えた。
「やっと帰れる!!」
二人揃って声を上げた。疲れたけど、その疲れが妙に心地よい朝だった。

久しぶりに写真データを整理していた時、あの日の朝の空を撮った写真を見つけた。すっかり遠くなっていた記憶が呼び覚まされた。あの日以来、私とあいつはすっかり腐れ縁の仲だ。
「そういやあの時、恋バナだけは出なかったな……。」
だからあいつとは腐れ縁なのかもしれない。そんなことを思いながら夜明けの写真を眺めていた。


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「夏は夜が短い」というフレーズを思い付いた時、一晩中ウィーンの街を歩きながら喋りまくる『恋人までの距離』という映画を思い出しました。この作品はこの映画へのオマージュも含みます。

そしてまた腐れ縁のあの二人を出しました。こういう話にはあの二人が似合う気がします。

なお、ヘッダーはみんフォトのTsuyoさんの作品を使わせてもらいました。ありがとうございます。

※『腐れ縁の行方』のマガジンを作りました。よろしくお願いします。


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