【SS】大樹の物語
一冊の本を埋める。この樹がこの本を守ってくれるだろう。この本だけは取られたくない。だってこの本は僕とエレナの思い出が詰まっているのだから……。
ある日突然、街に「恋愛小説禁止令」が出された。「恋愛小説は人々を軟弱にさせる!」と為政者が言い出したからだ。当然周りからは反対されたが力で押し切ってしまった。いつの時代も力のあるものがトップに立つと下々の者は振り回される。それにしても「何を根拠に」と思う。でもこれがトップに立つ為政者のやり方なのだろう。そのうち「ファンタジー小説禁止令」が出て、娯楽小説全般が禁止され、最後は全ての「小説」と名の付くものが……。
少し前、僕はエレナを失った。心から愛した女性を奪われてしまった。何の力も持たない一市民である僕には為すすべがなかった。僕に残されたのは一冊の本だけ。エレナが愛した本だけだった。
しばらくの間は無力感に苛まれた。無気力に時を過ごすだけだった。目を覚まし、生命を維持する程度の食事をし、後はただ呼吸をするだけ。頭の上を時間だけが流れていった。そんなある日、残された本に目が留まった。エレナが愛した本。いつもならばすぐに目を逸らすのに、その日は何故か手にとってページをめくっていた。それから数時間。僕はひと時も休まずにその本を読んでいた。僕と同じく愛する人と別れてしまう主人公が最後の最後に告げた言葉に僕は衝撃を受けた。
『僕は一生あなたを愛します。』
エレナ……。エレナ……。エレナ!!僕もだよ。僕も一生君を愛するよ。例え二度と会えないとしても、僕は君を愛し続けるよ。
暗くなり始めた部屋の真ん中で、僕は泣きながら立ち上がった。「軟弱にさせる」という恋愛小説に救われて。
☆ ☆
その青年は私を見上げてこう言った。
「お願いします。この本を守って下さい。」
私は返事をする代わりに枝を揺らした。青年は私の足元に穴を掘り始めた。「この本だけは絶対に守るから」とつぶやきながら。身をかがめて深く深く掘り進めた後、青年は布に包んだ本を穴の底に納めた。そして掘った時に出た土を穴に戻し埋めていった。最後の土をかぶせた後、青年はその上に頬を寄せた。
「エレナ、この本だけは守るよ。絶対に。絶対に……。」
青年はしばらくの間その場を動かなかった。
あれからどれだけの年月が過ぎただろう。あの日以来青年は現れない。私の枝で羽を休める鳥たちに聞いたところによると、大きな炎の柱が何本も立ち上がった街があったそうだ。その炎は本を燃やすためのもので、数年に一度の間隔で何度か立ち上がったそうだ。あの青年の懸念がどうやら現実になったらしい。
あの青年はどうなったのだろうか。彼が愛したエレナは?私には知るすべがない。私にできることはここに立ってあの青年との約束を守ることだけだ。足元に埋められたあの街最後の本を守り続けるだけだ。これからもずっと。ずっと……。
ようやく書き上げられました😭
間に合った😭😭
こちらに参加しています。
私は割と色々なものに手を出しているので「新たなジャンル」といわれてもすぐにピンときませんでした。何か手を動かしてたらと書き始めたら何となく「異世界もの」のプロローグっぽくなりました😆あまり興味のあるジャンルではなかったのですが……。不思議😅
今後どのように展開していくか分かりませんが、何か形にしていきたいな、と思います。
ちなみにシロクマ文芸部に参加していらっしゃる方はピンときたと思いますが、この作品は昨年4月16日締め切りのお題で書きました。私は昨年7月の『書く時間』から参加しているので、参加する前のお題に挑戦!という意味合いもあります。まだまだお題は残っていますので少しずつ書いていこうかと思っております。
ちなみにちなみにヘッダーの木はクスノキです。樹齢350年とか。足元に何かあるかも😳
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