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元エホバの証人の自己紹介

自然消滅したタイプのエホバの証人です。

少しばかり自己紹介として、エホバの証人になった経緯や、離れるまでの経緯を語ります。

JWとの研究は小学校の年少の頃に始まる

母親がエホバの証人と研究を始めた流れで、私も聖書物語の本で研究することになりました。

比較的、新しい事を知るのが好きだった私は、聖書研究を楽しみました。

しかし幼い私としては、聖書研究の司会をしている姉妹の様に、エホバの証人としての道を選ぶと言うイメージはその時は持っていませんでした。

あくまで習い事の一環と言う感覚で学びました。

JWになる事を意識する

思春期に入った頃には、色んな出版物からの研究になり、日増しにエホバの証人になった方がいいのかな?と思うようになりました。思春期の頃に研究を続けるのは苦痛を感じつつも、「真面目に学ばなきゃ!」と謎に使命感を感じたりしていました。

なぜか学び続けるほどに苦しい気持ちが増すこともありました。しかし、そんな気持ちに蓋をして、「良い事を学んでいるのだから」とか、「人生をより良いものにするのだから」と嫌な気持ちを隠して、徐々に集会に参加したり、交わりに参加していました。

もちろん嫌な気持ちばかりが生じていたわけでは、ありません。

JWのバプテスマ

バプテスマを受けたのは10代後半です。その時は、JWとして生きる事に不安を抱きつつも、結構真面目に、「エホバのために!」と言う気持ちで献身し、バプテスマを受けました。

この頃には、将来は、専門学校で学んだ後は、仕事をしながら開拓奉仕をするのだと思っていました。しかし、アルバイトもしたことが無い高校生が、あまちゃんな考え方をしていたなぁと思います。

JWとしての補助開拓生活

専門学校に通い、資格を得て働き始めました。そして、それと同時に開拓奉仕を始める前に、連続補助開拓奉仕を申し込みました。

しかし、1年近く補助開拓奉仕を行っている中で、仕事と奉仕の両立がなかなかに難しい事に気づきます。しかも、体調不良になる事が増えました。そんな状態だったので、将来に対する不安が心にずっしりとのしかかる様になり、今の仕事をしながら開拓奉仕を目指すのは、とてもじゃないが現実的だとは思えないと結論を出します。

そして、大学に入る事にしました。

JWだけど、大学で学ぶ生活

大学に入学しても、しばらくは連続補助開拓を行っていましたが、やはり、体力的にはかなり無理がありました。

仕事も少しながらしていましたし、大学の授業もある、その上、集会に奉仕とくれば、その時期の弱っていた体には負担が大きく、とてもじゃないですが、精神的にも肉体的にも辛いものとなりました。

そのため、連続補助開拓を辞める事を長老に伝えました。その時の、長老はわざわざ大きなため息を吐きながら、「大学なんかに行ったりするから・・・、期待していたのに残念だよ」と言う様な事を言いました。それからは、何となく冷たい対応を受ける様になりました。

また、私自身も罪悪感が強く出てしまい、仲間と交わる事が難しくなっていきました。もともとは温かい会衆でしたが、大学に通っている事を知られると、少し距離を置かれている感じもありました。

それでも、大学四年間の半分は、集会には頑張って参加しましたし、奉仕も頑張りました。しかし、後の半分は、だんだん気力も体力(体調悪化)も尽き始め、集会や奉仕への参加は減っていきました。

JWを離れる

大学卒業後は居づらくなった会衆からは離れて、別の会衆に移りました。そのため、仕事は別の地で見つける事にしました。

その時はまだ霊的に再建を果たさなければと頑張ったのですが、どうにも体調は改善しなかったです。むしろ、20代でありながら、年々、身体も気持ちも重くなり、一体何をして生きているのか分からなくなり、将来の希望なんて言って、宣べ伝えている割には、自分の希望にはできない気持ちが、ずっと心に張り付いていました。

どんなにポジティブシンキングにしようと努力しても、心のネガティブな部分を隠し通す事になり、さらに精神的に滅入っていきました。

問題は心に在るとは、大学時代からうすうす気づいてはいましたが、本格的に心について色んな事を調べたのは、大学卒業後しばらく経ってからです。

そしてどんどん色んな本を読み進めるうちに、JWで教えていること、そして、JWの推し進めようとするライフスタイルは、人間としての性質を無視したものだと気づきます。

人間としての性質を無視し、人の心を張りぼての様なもので支えている様に見せかけるから、心を病む人が多いのだと思いました。

そんな状態の組織が、「本当に真の宗教と言えるのか?」と疑問になりました。

そんな事を考えると、とてもじゃないですが集会に行くのは嫌になり、奉仕を行うのも嫌になりました。

そして仕事が忙しいと言う事にして、どんどんJWの生活から離れていきました。

そのようにして、一年ほど集会や奉仕に携わらなくなってから、しばらくして、いわゆる「世の人」と結婚しました。

短いながらもJW人生

大まかにまとめるとこのようなJW人生を送ってきました。

また色々と細かい事を、語っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

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