瀕死

 医師として働いている私は、今年で七年目である。それなりに医師という職も板についてきた気がする。ある日、緊急病棟で宿直をしていると、そこに救急救命専用の入口から一人の患者が運ばれてきた。廊下を滑るように走る患者の乗ったストレッチャーと、それを囲むように並走する緊急隊員たち。ただごとではないようだ。今夜も長くなるだろうか。
「主訴は?」
小走りで近づきながらそばにいた看護師に尋ねた。
「患者自身が意識不明で、救命士の確認したところ、銃創、刺創、強い衝撃による打撲傷、手足肋骨の骨折などが見られます。」
「ひどいな…。何があったんだ。」
「おそらく、患者はこの近郊で最近多発している暴力団同士の抗争の当事者かと…。」
「抗争?」
「はい、かなり前から近くの木の利権で揉めているらしく、先日も同様の事件が…。」
「木?そうか…厄介だな…。とりあえずCTを。」
私は患者のストレッチャーとともにCT室に入ろうとした。その時看護師が言った。
「あ、付き添いの方がいらっしゃいました!」
涙で目を腫らした高齢女性が駆け寄ってきた。
「先生ぃ!どうか息子を助けてください"い!」
「お母様!息子さんはお気の毒ですが、どうか気を落ち着けて待合室でお待ち下さい!」
冷静に諭したつもりだったが、母親があまりに不憫で少し熱のこもった言い方になってしまった。
「でもむずこはぁ、蟹に頼まれて採った柿の見返りを少しもらっただけなのにぃ、爆ぜた栗に体を貫かれて、蜂に刺され、石臼で上から押し潰されたんですよぉ!あんまりじゃないでづかぁ!」
鼻水混じりの声で彼女は言った。
「仰る気持ちもよくわかります!ですがお母様、一旦待合室でお待ちいただけないでしょうか!息子さんは必ず助けます!」

朝方、私は手術を終え、手術室から出てマスクとガウンを外すと、非常用階段に設置された小さな喫煙スペースへ向かった。すると廊下で同僚に出会った。
「おお、お疲れ様。今日大変だったんだって?手術。」
「まあ、いつものことさ。」
「猿のやつ。目が覚めたらあのまま警察の事情聴取らしいぞ。」
「せっかく命を救ったんだ。更生してもらわないとな。」
二人で軽く笑いあった。
喫煙スペースに着くと、もう空が明るくなっていた。塗装の剥げかかった鉄製の手すりによりかかって煙草に火をつけた。ふとして、朝焼けを遠い目で眺めながら独り言を呟いた。
「やり過ぎだよなぁ。」

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