クトゥルー世界での探偵業【The Sinking City】感想らしきもの



クトゥルーの呼び声


クトゥルー神話という言葉を聞いた事はあるだろうか?いや、無い訳ないでしょう。いまや漫画アニメゲーム、様々な物語のモチーフとして使われるH.P.ラヴクラフト原作の物語群の総称である。
1900年代、未だ未到の地である深海や天を衝く山脈には、人類には及びもつかない名状し難い存在が眠っているのだとする神話の数々は、ラヴクラフトの作品をベースに他数名の作家による共作や体系化によって広がりを見せます。
現代におけるシェアードワールドともいえるでしょう。
未知なるものへの根源的恐怖を目の当たりにし、精神を破壊される(既に破壊されている)物語の登場人物たち。
そんな世界に放り込まれて、探偵として事件を解決し人々と交流を深めていくのがこのゲーム、【The Sinking City】です。

狂人の園オークモント


クトゥルー世界では様々な架空の街が登場しますが、このゲームの舞台となるオークモントもまたゲームオリジナルの架空の街です。
ボストンで私立探偵を営む主人公であるチャールズ・リードは、謎の幻覚や悪夢に苛まれていました。チャールズは自らの調査により、同様の症状を患った人々がアメリカ各地で出現し、更には地図には載っていないマサチューセッツ州の港町であるオークモントへと向かっている事を突き止める。
そして自身も同様に悪夢と幻覚の原因究明という理由でもって、誘われるようにオークモントの地を踏むことになるのです。
そこは数ヶ月前に洪水に襲われ街の半分程が水没し、住民も皆不穏な出立ちをしている。
地図に載ってないからには寂れた寒村かと思いきや、オークモントは1900年代にしては非常に栄えた都市だ。
港、工場地帯、住宅街という趣の違うエリアに別れていて、市役所や警察に留まらず新聞社や大学まである。
大通りから裏路地まで、街中を網目のように走る道路には、(洪水の影響で使い物にならないが)多くの車が停まっているのを見るに、住宅街の生活水準は高かったようです。
しかし霧が出ると碌に視界も確保できず、水没地域でなくともぬかるんだ足元。建物の壁は崩れ、海底にある岩のようなものが街のあちこちを侵食している。これが異常事態でなくこの街の住人にとっては日常だというのだから、気味の悪さでは群を抜いています。
そうして仲介人に街の顔役を紹介してもらってからが探偵業の始まりです。

The Sinking City


街の顔役であるスログモートン氏から自身に降りかかる幻覚についてなんとかして聞き出したい所ですが、スログモートン氏は自らの利にならない事はしない主義のようで、まずは依頼を解決しろという。でなければ新参者を信用する訳にもいかないと。
チャールズはオークモントにとって新参者で、オークモントは新参者に厳しい街です。
仲介人から貰える街の地図には地区名と街道名、あとは幾つかの建物しか記されていません。
クエストで訪問する場所はもっぱら「◯◯通りと××通りの交差点」とか「◯◯通りと××通りの間の△△路地」の様にしか示されず、地図と睨めっこしながら場所を特定しなければなりません。
が、これがいかにも「自分で調査している感」を演出していて面白い。
訪問した先では様々な証拠品を手に入れ、証拠と証拠を組み合わせる事で新たな仮説を導き出す、そうして更なる調査へ赴く……。
オープンワールドのゲームではクエストを受注したりクエストが進めば新しい行先マークが出現し、得てしてそれを追いかけるゲームになりがちですが、オークモントの地図にそんなものはありません。
時には警察署や新聞社へ訪問し、過去の事件記録や記事のバックナンバーを調べる事で次なる調査への足掛かりとします。
ゲームタイトルの様に、考えて行動することがこの街の真相に迫る唯一の手段なのです。

魔術探偵


チャールズ・リードは新参者でありながら探偵である為、消息を絶ったスログモートン氏の息子の行方を調べることになります。
周囲への聞き込みから、彼の息子は先日海辺で発見された後近くの家に運び込まれた事を知ります。
運び込まれた家へ調査に赴くと、先に聞き込みに入った警察官とパニックに陥っている住人が居ます。
住人への聞き込みを済ませると、部屋に証拠が残っているか調べる事になります。
そこで発揮されるのがチャールズ・リードに備わるスキル【心の眼】です。
状況証拠を心の眼で注視すると、過去にそこで起こった出来事を垣間見る事が出来ます。
過去に起こった出来事を起点に現場の状況をつぶさに調べると、更に【過去視】が発動する条件が整います。
世界一有名な顧問探偵であればこれらは【観察眼】と【現場推理】ということになりましょうが、クトゥルー世界では超常的能力や魔術的能力です。
【心の眼】で証拠を集め【過去視】で出来事をまとめ上げますが、それらは正常な人間の精神を蝕み、狂気へと誘う。使用者も例外ではありません。
チャールズは自身の精神的負荷を顧みず、事件の真相へ肉薄する為に超常的能力を行使します。

神話的生物と正気と暴力


オークモントは洪水災害に見舞われるという過去があります。
住民はそれからだと言うのです。
オークモントに化け物が出る様になったのは。
いくら狂人の園であるこの街でも、気に触れた故にそう言っているのではありません。
事実、人の住まなくなった建物、隔離された地下室に化け物は現れます。それどころか怪物出没地域として街の至る所でバリケードが張られ、人々の住む地域と壁一枚で隔たれた所にある日常です。
そんなモノと相対して正気でいられる筈もなく、近くに居られるだけで精神が磨耗します。その上襲われれば身体的損傷をも負わせてくる。そんな存在がこの街の至る所に居るのです。
精神がすり減れば視界が歪み幻覚を見ます。身体に傷を負うと当然待っているのは死です。
こちらの手の中には銃とトラップ、各種薬とがあります。
実態ある化物には鉛玉と炎及び鈍器、負傷と狂気には傷薬と抗精神薬で対抗出来ます。
が、どれもこれも一つ一つの効果は少し物足りず過信は禁物。
狂気に呑まれないように化け物を倒し、調査を進める必要があります。
化け物を倒す為に手持ちの道具を使わない訳にはいかないですが、所持上限も多くはない上に消費した分を回収する為には化け物の居る場所を探索する必要があるのが悩ましい。
化け物の外見や鳴き声は、結構しっかり鳥肌がたちます。

探偵は街の中で成長する


事件解決や化け物を倒す事で探偵は経験を積む事が出来ます。
経験を積めばスキルツリーの解放で体力が増えたり精神的に強くなったり。
持てる所持品の数が増えるだけで無く、事件解決の報酬を上乗せさせたり出来ます。ゴネてるんでしょうか。ちなみに調査に役立つスキルは解放されません。元から凄腕の探偵という事なんですね。
個人的なお勧めは近接攻撃を向上させるスキルです。ゴリラになれば中型の化け物までは一方的に殴れます。相手が一人であれば、ですが。
荷物を多く持てるようになるスキルも、所持数制限のあるこの手のゲームには必須で拡張するべきスキルで、総じてチャールズはこの街でマッチョになっていく傾向にあります。

個人的な要望とまとめ


このゲームには正気度ゲージがあり、正気度が減ると幻覚を見たり視界が歪みます。色々なタイミングで減りますが、時間経過で最大値まで回復するのであまり緊迫感がありません。
平静を取り戻す表現として正気度が回復するのはよいのですが、徐々に最大値が減っていって、クエストクリアで最大値上昇して欲しかった。
正気度に気をつけるのが戦闘中しかないのは少し勿体無い。
【The Sinking City】は一つの街を舞台にしたオープンワールドスタイルのホラーアドベンチャーというジャンルのゲームです。
それも探索を主眼に置いた、他に類を見ない面白さ。
霧に煙るオークモントは陽光とは縁遠く、昼の太陽は霧の中に拡散します。それでなくとも多くの天気は雨か曇りで、常に不穏な空気を纏っている。
そんな街を一人の探偵として走り回ります。
様々な人が歩き、働き、時には殴り合いをしたりする。壁一枚隔てて怪異が跋扈する日常をおくるオークモントには、他のゲームにはない独特の魅力があります。
クトゥルーをあまり知らなくてもホラーゲームが好きであれば、安全地帯にいても常に付きまとう不穏な音楽で精神をかき乱される感覚は面白い体験に感じるはず。
一度プレイして損は無いでしょう。

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